この寺について
所沢の市街地に建つ真言宗豊山派の寺。山号の野老山(ところざん)は、所沢がかつて「野老澤(ところさわ)」と書かれたことに由来する。武蔵野三十三観音霊場の第九番札所で、新四国奥多摩八十八ヶ所霊場の札所でもある。
歴史・由来
この寺を読み解く鍵は、山号にある。
野老山(ところざん)の「野老(ところ)」は、山野に生えるつる草の名である。所沢はかつて「野老澤(ところさわ)」と書かれ、この草の茂る沢地だったことが地名のもとになったと伝わる。つまりこの寺は、町の古い名をそのまま山号にいただいている。所沢の歴史と切り離せない寺だということが、名前だけで分かる。
開山は宥圓(ゆうえん)と伝わり、元和二年(1616年)七月二十四日に亡くなったとされる。少なくとも江戸時代のはじめには、この地に寺が構えられていたことになる。新義真言宗(しんぎしんごんしゅう)の寺で、多摩郡成木村(なりきむら、いまの東京都青梅市)の安楽寺の末寺だった。
門前の通りでは、昔から市(いち)が立ってきた。所沢は武蔵野の物と人が行き交う町で、寺の参道はその舞台のひとつだった。市はかたちを変えながら今も続いている。寺が町の暮らしの真ん中にあり続けてきたことの証(あかし)である。
見どころ・特徴
【野老山という山号】「野老(ところ)」は山野に生えるつる草で、所沢という地名のもとになったといわれる。町の古い名が寺の山号として残っている。
【二つの霊場の札所】武蔵野三十三観音霊場の第九番札所であり、新四国奥多摩八十八ヶ所霊場の札所でもある。御朱印は本堂の左手にある庫裡(くり)で受け付けている。
【弁財天】境内に弁財天(べんざいてん)が祀られている。
【三ヶ島葭子(みかじまよしこ)の墓】明治から大正にかけて活躍した所沢出身の歌人。所沢市立図書館の資料によれば、寺の墓地にある倉片(くらかた)家の墓に眠る。生涯に6000首を超える短歌を残し、40歳で世を去った。歌碑のほうは所沢神明社に立てられている。
【参道の市】門前の通りでは、昔ながらの市が今も開かれている。日が合えば、寺と町のつながりがそのまま見える。
学び・特徴
社格
真言宗豊山派。山号は野老山(ところざん)。武蔵野三十三観音霊場の第九番札所。新四国奥多摩八十八ヶ所霊場の札所でもある。
創建
創建の年代は不詳。開山の宥圓(ゆうえん)は元和2年(1616年)に亡くなったと伝わり、江戸時代のはじめにはこの地にあったとみられる。
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
埼玉県所沢市元町20-15
参拝時間
参拝できる時間についての公表された案内は見つかりませんでした。御朱印は本堂の左手にある庫裡(くり)で受け付けています。受付の時間も決まった案内がないため、巡礼で訪ねるときは事前に寺へ直接お問い合わせください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
西武池袋線・西武狭山線の西所沢駅から徒歩約10分。
境内に駐車スペースがあるようですが、台数などの案内が見当たらないため、車で向かうときは事前に寺へ確認してください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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