TabiShiri
寺 御朱印臨済宗大徳寺派・武蔵野三十三観音霊場第7番 東村山市

徳蔵寺

とくぞうじ

別名:福寿山(ふくじゅさん)

この寺について
臨済宗大徳寺派の寺院で、山号は福寿山(ふくじゅさん)。武蔵野三十三観音霊場の第7番札所で、本尊は白衣観世音菩薩(びゃくえかんぜおんぼさつ)。境内の板碑保存館には、国指定重要文化財「元弘の板碑」をはじめ、中世の板碑(石製の供養塔)約170基を所蔵する。

歴史・由来

徳蔵寺(とくぞうじ)を理解する鍵は、境内の「板碑保存館(いたびほぞんかん)」に収められた、鎌倉幕府滅亡の記憶を刻んだ一枚の石にある。 その石は「元弘の板碑(げんこうのいたび)」と呼ばれ、正式には「元弘三年斎藤盛貞等戦死供養碑(げんこうさんねんさいとうもりさだらせんしくようひ)」という。元弘3年(1333)、新田義貞(にったよしさだ)が鎌倉に攻め入り北条高時(ほうじょうたかとき)を滅ぼした戦いで討ち死にした、飽間斎藤(あくましいとう)一族3人を供養するために建てられたと伝わる。分倍河原(ぶばいがわら)の戦いに関わるものとする説もある。もとは狭山丘陵(さやまきゅうりょう)の八国山(はちこくやま)にある永春庵(えいしゅんあん)にあったが、江戸時代末期に徳蔵寺へ移された。高さ147センチ、幅44センチのこの板碑は、太平記(たいへいき)の記述を裏付ける歴史資料として、昭和25年(1950)に国の重要文化財に指定されている。 寺そのものの創建については伝承に幅がある。永禄3年(1560)の創立と伝える資料もあれば、創建年代は不詳で鎌倉時代あるいは室町時代にさかのぼるとする資料もある。江戸時代の元和年間(1615〜1623)ごろ、あるいは寛永12年(1635)に、璧英禅師(へきえいぜんじ)が開山、または中興開山になったと伝わる。本尊の白衣観世音菩薩は室町時代の作と推測される木造の像で、藤原氏盛貞(ふじわらしもりさだ)公が守り本尊として安置したという。 昭和43年(1968)、境内に板碑保存館が建てられ、元弘の板碑をはじめとする板碑約170基や、宝篋印塔(ほうきょういんとう)、五輪塔(ごりんとう)、道標、さらに石器・土器などの考古資料が集められた。多くの文化財が集まったことから、古くは「ちらかし寺」の異名でも呼ばれたという。

見どころ・特徴

【元弘の板碑】 板碑保存館の中心にあるのが、国指定重要文化財「元弘の板碑」。元弘3年(1333)、新田義貞が鎌倉へ攻め入った戦いで討ち死にした飽間斎藤一族を供養するために建てられたと伝わる、高さ147センチの石碑で、太平記の記述を裏付ける貴重な史料とされている。 【板碑約170基が並ぶ保存館】 2階には元弘の板碑のほか、中世の板碑約170基や宝篋印塔、五輪塔、道標などがずらりと並ぶ。1階には石器・土器などの考古資料や国分寺瓦、古銭も展示され、東村山の歴史をたどることができる。 【白衣観世音菩薩】 本尊は室町時代の作と推測される白衣観世音菩薩。武蔵野三十三観音霊場の第7番札所として、観音巡礼で訪れる人も多い。 【訪ねかた】 境内は7時から18時まで拝観できる。板碑保存館は9時から17時まで(月曜休館)。門の横に約70台停められる駐車場もあり、車での参拝もしやすい。
学び・特徴
主祭神
白衣観世音菩薩
社格
臨済宗大徳寺派・武蔵野三十三観音霊場第7番
創建
永禄3年(1560)と伝わる(創建年代は不詳とする資料もある)
テーマ
歴史
この場所を巡る軸
基本情報
住所
東京都東村山市諏訪町1-26-3
参拝時間
境内は7時から18時まで拝観できる。板碑保存館は9時から17時まで(月曜休館)。御朱印は9時から16時まで受け付けている。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
西武新宿線「東村山」駅西口から徒歩約15分。西口からグリーンバス(諏訪循環)で約4分、「徳蔵寺」バス停下車すぐ。駐車場あり(約70台)。
公式サイト
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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