この寺について
武蔵野三十三観音霊場の第2番札所。曹洞宗の寺院で、山号は豊嶋山(とよしまさん)。文中元年(1372)、武蔵豊島氏(むさしとしまし)ゆかりの豊島輝時によって開かれ、豊島氏代々の菩提寺となりました。当初は臨済宗でしたが、江戸時代初期に曹洞宗へ改まりました。本尊は釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)で、薬師如来・聖観音を脇侍とします。奈良の唐招提寺金堂を模した本堂と、スリランカ由来の仏舎利を納める三重塔が見どころです。
歴史・由来
道場寺を理解する鍵は、武蔵豊島氏(むさしとしまし)の菩提寺として歩んできた歴史と、戦乱による荒廃、そして曹洞宗としての再興という、大きな転換にあります。
寺伝によれば、文中元年(1372、北朝の年号では応安5年にあたります)、石神井城主・豊島景村(としまかげむら)の養子であった豊島輝時(としまてるとき)が、みずからの土地を寄進して豊島氏代々の菩提寺としたのが始まりです。このとき大覚禅師(だいかくぜんじ)という禅僧が招かれて開山となり、当初は臨済宗の寺院でした。
しかし文明9年(1477)、豊島氏は太田道灌(おおたどうかん)との戦いに敗れて滅ぼされ、道場寺も堂宇を失って荒廃してしまいます。その後、慶長3年(1598)ごろ、徳翁和尚(とくおうおしょう)が世田谷の勝光院から観堂宗察(かんどうそうさつ)を招いて寺を再建し、このときに宗派を曹洞宗へと改めました(この転宗の年は資料により慶長6年(1601)とされることもあります)。
現在の本堂は奈良の唐招提寺金堂を模して昭和12年(1937)に改築されたもので、三重塔は昭和45年から50年(1970から1975)にかけて新築され、スリランカから拝受された仏舎利が納められています。
見どころ・特徴
【豊島氏ゆかりの菩提寺】道場寺は、このあたり一帯を治めていた武蔵豊島氏(むさしとしまし)の菩提寺です。境内には、北条氏康(ほうじょううじやす)が道場寺への課税を免除すると約束した印判状(練馬区指定文化財)や、文応元年(1260)の銘が入った弥陀板碑(練馬区登録文化財)が伝わっています。
【唐招提寺を模した本堂】本堂は奈良の唐招提寺金堂を模してつくられました。
【三重塔】昭和45年から50年(1970から1975)にかけて建立された三重塔には、スリランカから拝受された仏舎利のほか、人間国宝・香取正彦(かとりまさひこ)が手がけた金銅薬師如来像が安置されています。
【隣接する三宝寺】すぐそばには、同じ武蔵野三十三観音霊場の第3番札所である三宝寺があります。
学び・特徴
主祭神
釈迦牟尼仏薬師如来聖観音
社格
曹洞宗(山号:豊嶋山、院号:無量院)・武蔵野三十三観音霊場第2番
創建
文中元年(1372、北朝の応安5年にあたる)、豊島輝時(としまてるとき)が土地を寄進し、大覚禅師(だいかくぜんじ)を招いて開いたのが始まりと伝わります。
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
記録を確認中...