この寺について
子嶋寺(こじまでら)は、奈良県高市郡高取町にある高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)の寺院。本尊は大日如来(だいにちにょらい)。奈良時代に報恩大徳(ほうおんだいとく)が開いたと伝わる古い歴史を持つ。平安時代の国宝「紺綾地金銀泥絵両界曼荼羅図(こんあやじきんぎんでいえりょうかいまんだらず)」(子島曼荼羅)と、重要文化財「木造十一面観音立像」を伝えるが、現在どちらも奈良国立博物館・東京国立博物館にあずけられており、寺そのものでは見られない。山門は高取城の二の門を移築したもので、高取城の建物が現存する唯一の例として貴重。京都・清水寺(きよみずでら)の始まりにもつながる寺として知られる。
歴史・由来
子嶋寺を理解する鍵は、京都の清水寺(きよみずでら)の始まりにこの寺がかかわっているという点にある。
寺の伝えでは、奈良時代の天平宝字4年(760)、報恩大徳(ほうおんだいとく)という僧が観自在菩薩像(かんざいぼさつぞう)と四天王像を祀り、子嶋寺を開いたとされる。もう一つの言い伝えでは、これより8年早い天平勝宝4年(752)に、孝謙天皇(こうけんてんのう)と桓武天皇(かんむてんのう)の病を治した功績によって開かれたともいう。どちらの年が正しいかは今もはっきりしておらず、両方の説が伝わっている。
延暦14年(795)、報恩大徳の後を継いだ2代目の延鎮(えんちん)は、修行のために都のあった山城国(やましろのくに、今の京都)東山へ向かった。そこで武将の坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)と出会い、2人で力を合わせて建てたのが清水寺であると、平安時代の歴史書『扶桑略記(ふそうりゃっき)』に記されている。つまり清水寺は、子嶋寺の子院として始まった寺なのだ。この出来事は、坂上田村麻呂の蝦夷(えみし)征伐と清水寺の由来を描いた謡曲「田村」の題材にもなっている。
平安時代の中ごろになると寺は一時おとろえたが、永観元年(983)、興福寺(こうふくじ)の僧・真興(しんごう)が現在の場所に「観覚寺(かんかくじ)」を建てて寺を立て直し、真言宗子嶋流(しんごんしゅうこじまりゅう)という教えの流れを興した。国宝の両界曼荼羅図は、真興が一条天皇の病気平癒(へいゆ)を祈った功績によって授けられたと伝わっている。
その後、寺は高取城(たかとりじょう)を治めた本多氏・植村氏といった高取藩主から手厚く保護された。今も残る山門は、明治36年(1903)に高取城の二の門を移築したもので、取り壊された高取城の建物のうち、現在に伝わる唯一の遺構(いこう)となっている。同じ年、寺の名前も「千寿院(せんじゅいん)」から現在の「子嶋寺」に改められた。
明治時代の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)でいったんは住職のいない寺になってしまったが、地元の人々の力によって復興し、今日に至っている。
見どころ・特徴
【子島曼荼羅(こじままんだら)】
国宝「紺綾地金銀泥絵両界曼荼羅図(こんあやじきんぎんでいえりょうかいまんだらず)」は、平安時代前期に作られた非常に珍しい曼荼羅で、「子島曼荼羅」の名で知られ、日本三大曼荼羅の一つに数えられる。現在は奈良国立博物館に寄託(きたく)されているため、参拝しても実物は見られない。
【木造十一面観音立像(じゅういちめんかんのんりゅうぞう)】
平安時代前期の作で、国指定重要文化財。こちらも現在は東京国立博物館に寄託されており、寺では見られない。実物を見たい場合は、両博物館の展示情報を事前に確認するとよい。
【高取城二の門を移した山門】
山門は、廃城になった高取城の二の門を明治時代に移築したもの。取り壊された高取城の建物の中で、今に伝わる唯一の遺構であり、城好きの人にもおすすめできる見どころ。
【訪ねかた】
国宝も重要文化財も博物館にあずけられているが、その分、静かな境内でゆっくりと歴史に触れられる。近鉄壺阪山駅から歩いて向かう道のりも、のどかな町並みを楽しめる。すぐそばには西国三十三所の壺阪寺(つぼさかでら)もあるので、あわせて訪ねる人も多い。
作品ゆかり
坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の蝦夷(えみし)征伐と、清水寺が開かれるいきさつを描いた謡曲(能の演目)「田村」は、子嶋寺と清水寺のつながりを題材にしている。
学び・特徴
主祭神
大日如来(だいにちにょらい)
社格
高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)の寺院で、総本山は高野山金剛峯寺(こんごうぶじ)。平安時代には真言宗子嶋流(しんごんしゅうこじまりゅう)という一派の中心となった。
創建
奈良時代。伝承では天平宝字4年(760)に報恩大徳(ほうおんだいとく)が開いたとされるが、天平勝宝4年(752)とする説もあり、正確な年は特定できていない。
テーマ
国宝重要文化財霊場・巡礼史跡
基本情報
住所
奈良県高市郡高取町観覚寺544
参拝時間
9時から17時ごろまでとする情報がある(複数の観光情報サイトによる)。公式の発表は見つからなかったため、訪れる前に高取町教育委員会や高取町観光ガイドなどで最新の情報を確認することをおすすめする。本堂の拝観には300円が必要で、境内は自由に入ることができる。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
近鉄吉野線「壺阪山(つぼさかやま)」駅から徒歩約10分。境内には駐車場がある(台数など詳しいことは事前に高取町に確認するとよい)。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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