この寺について
神戸市の北の端、三田(さんだ)に近い山あいに建つ真言宗の寺。山号は獨鈷山(とっこさん)、本尊は大日如来(だいにちにょらい)。寺伝によれば聖徳太子(しょうとくたいし)が創建し、そのとき鏑矢(かぶらや=射ると音が鳴る矢)が奉納されたことから「鏑射寺」と名づけられたという。ただしこの寺の本当のすごさは古さではなく、いったん完全に消えた寺が、ひとりの僧の手でゼロから建て直されたことにある。明治6年(1873)に襲撃を受けて焼け、寺は廃寺となった。昭和34年(1959)に中村公隆(なかむらこうりゅう)が入山してから復興が始まり、護摩堂(ごまどう)、三重塔、本堂、弁天堂が次々と再建されて今の姿になった。境内には大賀ハス(おおがはす)の池があり、西国三十三所と四国八十八箇所の石仏(せきぶつ)が並ぶ。厄除けの寺として「かぶらいさん」の名で親しまれ、近畿三十六不動尊霊場をはじめ複数の霊場の札所になっている。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、「一度ほんとうに無くなった寺」だという点にある。多くの古寺は火事や戦で焼けても、どこかに建物や仏像が残って細々と続く。鏑射寺はそうではなかった。明治のある時期、この寺はこの世から消えていた。
始まりは古い。寺伝によれば、聖徳太子(しょうとくたいし)がこの地を気に入り、敏達天皇(びだつてんのう)10年(581)に寺を建てたという。そのとき鏑矢(かぶらや)が奉納され、それが寺の名前になった。鏑矢というのは、矢じりの手前に穴のあいた「鏑」をつけた矢で、放つとヒュルヒュルと高い音が鳴る。戦の始まりを告げる合図に使われた矢である。その矢の名を寺号にしたという伝えが、この寺の出発点になっている。
山号の「獨鈷山(とっこさん)」の獨鈷(とっこ)とは、密教で使う法具のひとつ。両端がとがった短い棒状の道具で、迷いを打ち砕く武器にたとえられる。
そのあと寺がたどったのは、焼けては建て直す歴史だった。南北朝時代には戦火で焼け、江戸時代には山火事で焼けた。そして明治6年(1873)、三田(さんだ)の士族が「天誅組(てんちゅうぐみ)」を名乗って寺社を襲うという事件が起き、鏑射寺も襲撃されて焼けた。このときは再建されなかった。焼け残った本尊と太子堂は別の場所へ移され、寺そのものは廃寺となる。千数百年の歴史があったはずの寺が、山の中の跡地だけになった。
転機は戦後に来る。昭和30年(1955)、久邇朝融(くにあさあきら)がこの地を訪れ、寺の復興を祈願した。そして昭和34年(1959)、中村公隆(なかむらこうりゅう)という僧がこの山に入る。そこから本格的な復興が始まった。
再建は一気に進んだわけではない。昭和40年(1965)に護摩堂(ごまどう=火を焚いて祈る堂)、昭和48年(1973)に三重塔、平成4年(1992)に本堂、平成6年(1994)に弁天堂。ひとつずつ、三十年以上かけて建物が戻っていった。今われわれが見る鏑射寺の伽藍(がらん=寺の建物群)は、すべて昭和と平成に建てられたものである。
だから、この寺に「古い建物」を期待して行くと肩透かしを食う。国宝も重要文化財もない。けれども、荒れ果てた山に一人の僧が入り、三十年以上かけて塔と堂を建て、池を掘ってハスを植え、石仏を並べていった——その積み重ねが目の前にある。歴史の教科書に載る古刹(こさつ)とは別の意味で、ここは「時間が見える寺」である。
見どころ・特徴
【三重塔】昭和48年(1973)の建立。山の緑を背に立つ塔で、この寺の象徴になっている。新しい塔だが、木造の三重塔が新しく建てられること自体が現代では珍しい。仏塔古寺十八尊(ぶっとうこじじゅうはちそん)の第16番札所として、この塔が巡礼の対象になっている。
【本堂】平成4年(1992)の再建。本尊は大日如来(だいにちにょらい)。密教では宇宙そのものを表す仏とされ、真言宗の中心となる仏である。
【護摩堂(ごまどう)】昭和40年(1965)再建。復興のなかでいちばん早く建てられた堂で、火を焚いて願いを祈る護摩(ごま)が行われる。厄除けの寺として知られるのはこの祈りによる。
【大賀ハス(おおがはす)の池】植物学者の大賀一郎(おおがいちろう)が縄文時代の遺跡から見つけた種を発芽させた、二千年前のハスの子孫が育てられている。夏に咲く。ハスは仏教で特別な意味を持つ花なので、寺の池にこの品種があるのは意味が深い。
【西国三十三所・四国八十八箇所の石仏(せきぶつ)】境内に石仏がずらりと並ぶ。本来なら西日本を何か月もかけて回る巡礼を、ここを歩くだけでたどれるようにしたもの。江戸時代から各地の寺で作られてきた仕組みで、遠くまで行けない人のための工夫である。
【厄除大師像(やくよけだいしぞう)】参道に立つ大きな像。「かぶらいさん」と呼ばれて地元の人が厄除けに訪れる、この寺の顔である。
【桜と紅葉】春は桜、秋は紅葉が楽しめる。山あいの静かな環境なので、混雑しない時期に歩くとよい。
【古い建物はない】南北朝・江戸・明治と三度焼け、明治にはいったん廃寺になっているため、今ある建物はすべて昭和以降の再建である。国宝・重要文化財の類もない。「古いものを見に行く寺」ではないことは、先に知っておいたほうがいい。そのうえで、一人の僧が三十年以上かけて山に伽藍を建て直したという事実に興味が持てるなら、訪ねる価値は十分にある。
学び・特徴
主祭神
大日如来(だいにちにょらい)
社格
真言宗単立。山号は獨鈷山(とっこさん)。近畿三十六不動尊霊場第11番、西国愛染十七霊場第3番、仏塔古寺十八尊第16番、神戸十三仏霊場第13番(虚空蔵菩薩)の札所。このほか兵庫県西国三十三箇所・摂津国八十八箇所などの札所にもなっている。
創建
寺伝では敏達天皇10年(581)、聖徳太子の創建と伝わる。現在の伽藍は昭和34年(1959)以降の復興によるもので、護摩堂は昭和40年(1965)、三重塔は昭和48年(1973)、本堂は平成4年(1992)、弁天堂は平成6年(1994)の建立。
ご利益
厄除け
テーマ
聖徳太子三重塔札所
基本情報
住所
兵庫県神戸市北区道場町生野1078-1
参拝時間
拝観時間・拝観料についての公式な案内を確認できませんでした。御朱印は授与されていますが、常時対応しているとは限りません。護摩やご祈祷を希望する場合、また御朱印を確実に受けたい場合は、事前に寺へお問い合わせのうえお出かけください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR宝塚線(福知山線)・道場駅が最寄りですが、駅から寺までは距離があり、山あいの道を歩くことになります。車での参拝が現実的で、公式サイトも「武庫ノ台ゴルフコースを目標にしてください」と案内しています。駐車場は参道入り口と参道右側にあります。中国自動車道・神戸三田ICや西宮北ICからのアクセスが便利です。バスの便が限られるため、公共交通で行く場合は道場駅からタクシーを使うのが確実です。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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