この寺について
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、寺の名前そのものである「斑鳩(いかるが)」という地名の由来にある。社伝によれば、推古天皇十四年(すいこてんのうじゅうよねん、606年)、聖徳太子(しょうとくたいし)が推古天皇に仏教の経典を講義したところ、天皇はその功績をたたえて播磨国(はりまのくに、現在の兵庫県南西部)の水田を太子に贈った。太子はこの地に、自らの宮があった大和国(やまとのくに、奈良県)の斑鳩(いかるが)にちなんで「斑鳩荘(いかるがのしょう)」と名づけ、寺院を建てたと伝わる。ただし、これを裏づける確実な記録はなく、発掘調査からは平安時代後期(12世紀ごろ)には瓦葺きの堂塔が建ち並んでいたことが分かっている程度である。
この地はのちに法隆寺(ほうりゅうじ)の荘園「鵤荘」となり、長い間法隆寺を経済的に支える存在になった。天文十年(てんぶんじゅうねん、1541年)、戦乱の中で伽藍のほとんどを焼失したと伝わり、聖徳太子像のうち孝養像(こうようぞう)だけが救い出されたという。その後、天文二十年(1551年)に太子堂が再建され、永禄八年(えいろくはちねん、1565年)までには龍野城主・赤松政秀(あかまつまさひで)らの支援によって主な堂塔がほぼ復興した。現在も残る三重塔は、このときに建てられたものである。
創建当初は法隆寺の別院であったが、のちに天台宗(てんだいしゅう)へと改まった。
年中行事・お祭り
【聖徳太子春会式(しょうとくたいししゅんえしき)】例年2月22日・23日ごろ
本尊が開帳される、年に一度の特別な機会。
【花まつり・三重塔特別開帳】例年4月ごろ
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
薬師如来釈迦如来如意輪観音
社格
新西国三十三所第32番札所、西国薬師四十九霊場第23番札所。
創建
伝・推古天皇14年(606年)※確実な記録はなく、発掘調査では平安時代後期(12世紀ごろ)の堂塔跡が確認されている
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
兵庫県揖保郡太子町鵤709
参拝時間
境内は9時から17時まで。宝物館・聖徳殿は10時から16時まで(17時閉門)。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR姫新線(きしんせん)網干駅(あぼしえき)からバスで約10分、「鵤」バス停下車、徒歩約7分。山陽自動車道龍野インターチェンジから車で約10分。無料駐車場あり(春会式の期間中は利用できません)。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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