この寺について
延暦元年(782年)、伝教大師最澄の弟子・最仙上人が開いたと伝わる天台宗の古刹。正式には尸羅度山曼殊院西蓮寺といい、古くから「常陸高野」と呼ばれてきた。境内には元寇の戦勝を記念して弘安10年(1287年)に建てられた相輪橖と、天文12年(1543年)の仁王門が立ち、いずれも国の重要文化財。樹齢千年を超える二本の大イチョウがそびえ、11月下旬から12月上旬には境内が黄金色に染まる。毎年9月24日から30日には、日本で唯一という立行の法要「常行三昧会」が営まれる。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、境内に立つ一本の柱にある。
相輪橖という。高さ9.16メートル。石の基壇の上に、木を芯として銅板を鍛え上げた筒をかぶせ、継ぎ目を帯輪で締めた円柱が立ち、頭部は五輪塔の形をとる。塔でありながら、塔らしい屋根も軒も持たない。
これは天台宗の象徴である。比叡山延暦寺、日光輪王寺のものと並び称される、数少ない相輪橖のひとつがここにある。
建てられたのは弘安10年(1287年)。元寇の弘安の役から六年後のことで、蒙古を退けた戦勝を記念し、信者たちが浄財を出し合って建立したと伝えられる。塔身には寄進した人々の名が数多く刻まれている。北の海の戦いの記憶が、常陸の山あいにこうして形を与えられた。
寺そのものはさらに古い。延暦元年(782年)、伝教大師最澄の弟子・最仙上人の開創と伝わる。最澄が比叡山に草庵を結んでから数年後にあたる。天台の教えが東国へ伸びていく、その最前線に置かれた寺だった。
正式な寺号は尸羅度山曼殊院西蓮寺。だが古くから人々はこの寺を「常陸高野」と呼んできた。高野とは高野山のことである。天台の寺でありながら真言の聖地の名で呼ばれてきたのは、それだけこの地の信仰を集めたということだろう。
仁王門は天文12年(1543年)の建立。室町時代後期の様式を伝え、間斗束と蟇股の形にその特徴が表れている。相輪橖とともに国の重要文化財に指定されている。
見どころ・特徴
【相輪橖】国指定重要文化財。弘安10年(1287年)、元寇の戦勝を記念して建てられた。高さ9.16メートル。石の基壇、木芯に銅板を鍛造した筒をかぶせた橖身、五輪塔形の頭部という三部構成で、天台宗の象徴とされる。比叡山延暦寺、日光輪王寺のものと並ぶ数少ない例である。大正6年(1917年)の指定。塔身には寄進者の名が刻まれており、近づいて眺めたい。
【仁王門】国指定重要文化財。天文12年(1543年)建立。室町時代後期の建築で、間斗束と蟇股の形にその時代の特徴が出ている。
【二本の大イチョウ】いずれも樹齢千年以上。一号株は樹高約25メートル・幹囲約6メートルで茨城県指定、二号株は樹高約27メートル・幹囲約8メートルで行方市指定の天然記念物である。見頃は11月下旬から12月上旬。二本が同時に色づくと、境内が黄金の天井に覆われたようになる。
【常行三昧会】9月24日から30日にかけて営まれる法要。座らず、横にならず、歩き続けながら念仏を唱える「立行」で、寺はこれを日本で唯一と称している。平安以来の修行の形が、いまも一週間にわたって続けられている。
【常陸高野という呼び名】天台宗の寺でありながら、古くから高野山になぞらえて「常陸高野」と呼ばれてきた。その呼び名が定着するだけの信仰を、この寺が集めてきたということである。
年中行事・お祭り
【常行三昧会】例年9月24日〜30日
座らず、横にならず、歩き続けて念仏を唱える立行の法要。寺では日本で唯一の形と伝えている。七日間にわたって営まれる。
【大イチョウの黄葉】例年11月下旬〜12月上旬
樹齢千年を超える二本の公孫樹が色づく。この寺がもっとも人を集める時期。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
薬師如来
社格
天台宗・常陸高野
創建
延暦元年(782年)(伝)
ご利益
健康・病気平癒厄除け
テーマ
巨木・御神木紅葉歴史
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
茨城県行方市西蓮寺504
アクセス
JR常磐線 石岡駅からタクシーで約40分。鹿島臨海鉄道 新鉾田駅からタクシーで約30分。常磐自動車道 土浦ICから約50分、東関東自動車道 潮来ICから約50分。無料駐車場あり(約100台)。公共交通の便は良くないので車が現実的。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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