TabiShiri
寺 御朱印臨済宗妙心寺派、山号は天龍山(てんりゅうざん)。甲斐百八霊場第十番札所。 甲州市

慈雲寺

じうんじ

この寺について
臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は天龍山(てんりゅうざん)。南北朝時代の暦応年間(1338〜1342年ごろ)、夢窓疎石(むそうそせき)によって開かれたと伝わる。境内の「イトザクラ」(しだれ桜)は樹齢約330年で山梨県指定天然記念物。歌人・樋口一葉(ひぐちいちよう)の両親ゆかりの地としても知られる。

歴史・由来

この寺を理解する鍵は、一本の桜の木が、遠く離れた東京の文豪の記憶とつながっているという点にある。 慈雲寺は、南北朝時代の暦応年間(1338〜1342年ごろ)、禅僧・夢窓疎石(むそうそせき、夢窓国師とも呼ばれる)によって開かれたと伝わる。夢窓疎石は、京都五山の第一位に数えられる天龍寺(てんりゅうじ)の開山としても知られる、この時代を代表する禅僧である。慈雲寺の山号「天龍山」は、この天龍寺とのゆかりを感じさせる名前になっている。 境内に立つ「イトザクラ」(イトザクラ、糸のように枝が垂れ下がるしだれ桜の一種)は樹齢約330年とされ、幹の太さや枝の広がりの見事さから、1971年に旧塩山市の天然記念物に、2005年には山梨県の天然記念物に指定された。毎年4月上旬ごろに見頃を迎え、多くの花見客やカメラマンでにぎわう。 この寺は、明治の文豪・樋口一葉(ひぐちいちよう、五千円紙幣の肖像でも知られる)の両親ゆかりの地としても知られている。一葉の父・則義(のりよし)と母・多喜(たき)は、ともに甲州市塩山の出身で、慈雲寺の私塾で出会ったと伝わる。二人は安政4年(1857)に江戸へ出て、その後一葉が生まれた。一葉自身は生涯この地を訪れることはなかったが、両親から聞いた故郷への思いは作品にも表れており、代表作『ゆく雲』には、父母の出身地である中萩原(なかはぎわら)の風景が描かれているとされる。こうした縁から、境内には一葉を偲ぶ文学碑が建てられている。

見どころ・特徴

【樹齢330年のイトザクラ】 境内のシンボルであるイトザクラは、幹の太さ約3.2メートル、樹高15メートル、枝張りは東西20メートル・南北18メートルにも及ぶ大木。山梨県指定天然記念物で、例年4月上旬ごろに見頃を迎え、夜間のライトアップが行われることもある。 【樋口一葉の文学碑】 参道沿いには、樋口一葉の両親がこの地の出身であることにちなんだ文学碑が立つ。一葉自身は訪れたことのない土地だが、両親を通じてこの地とつながる文学ゆかりの場所として知られる。 【夢窓疎石ゆかりの禅寺】 開山と伝わる夢窓疎石は、京都五山第一位の天龍寺を開いた高僧としても知られる。慈雲寺の山号「天龍山」にも、そのゆかりが感じられる。 【甲斐百八霊場】 甲斐百八霊場の第十番札所としても知られ、巡礼で訪れる参拝者も多い。
年中行事・お祭り
【イトザクラの見頃】例年4月上旬ごろ 境内のシンボルであるイトザクラが見頃を迎え、多くの花見客でにぎわう。夜間のライトアップが行われることもある。 ※開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
社格
臨済宗妙心寺派、山号は天龍山(てんりゅうざん)。甲斐百八霊場第十番札所。
創建
南北朝時代の暦応年間(1338〜1342年ごろ)、夢窓疎石(夢窓国師)によって開かれたと伝わる。
この場所を巡る軸
基本情報
住所
山梨県甲州市塩山中萩原352
参拝時間
境内は終日参拝できるが、御朱印の受付は9時から17時まで。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR中央本線「塩山」駅からタクシーで約10分。車の場合、中央自動車道「勝沼」インターチェンジから約15分。駐車場は普通車50台分あり、桜の時期以外は無料(桜の時期は有料)。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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