この寺について
曹洞宗(そうとうしゅう)の古刹。山号は洞源山(とうげんさん)。大永元年(1521)、前山城主の伴野貞祥(とものさだよし)が祖父と父の供養のために開いた。七堂伽藍(しちどうがらん)が整い、総門・山門・三重塔の三棟が長野県宝に指定されている。杉と欅(けやき)の大木が並ぶ参道は一面の苔におおわれ、紅葉の名所としても知られる。参道脇には、島崎藤村(しまざきとうそん)が小諸で暮らした家が移築されている。
歴史・由来
この寺を読み解く鍵は、境内に集められた「よそから来た建物」にある。
寺が開かれたのは大永元年(1521)。前山城主の伴野貞祥が、祖父の光信(みつのぶ)と父の光利(みつとし)の追善のために堂宇を建て、叔父にあたる僧・節香徳忠(せっこうとくちゅう)を開山に迎えた。寺には百貫文の寺領が寄進され、江戸時代には徳川家光から朱印15石を安堵されている。信州を代表する禅寺の一つとして、「信州百寺」にも数えられてきた。
境内でいちばん古い建物は、承応2年(1653)建立の総門である。寛文12年(1672)には茅葺きの楼門(山門)が加わり、江戸前期の姿がそのまま残った。
だが、この寺の見どころの筆頭である三重塔は、もともとここにあったものではない。嘉永2年(1849)、小海町の松原湖畔にあった神光寺(しんこうじ)に建てられた塔である。明治になって廃仏毀釈(はいぶつきしゃく。明治初めに寺や仏像が壊された動き)の波を受け、神光寺は廃寺となった。行き場を失った塔は、明治3年(1870)に解体され、この貞祥寺へ移された。
参道脇に建つ茅葺きの家も同じである。島崎藤村が明治32年(1899)から6年間を過ごした小諸の居宅が、大正9年(1920)に前山の個人宅へ移され、昭和47年(1972)に佐久市へ寄贈されて、昭和49年(1974)に境内へ復元された。
塔も家も、放っておけば消えていたはずのものだった。それを受け止めて、今も苔の参道の先に立たせている。貞祥寺はそういう場所である。
見どころ・特徴
【三重塔】長野県宝。嘉永2年(1849)に小海町松原湖畔の神光寺で建てられ、明治3年(1870)にここへ移された。紅葉の時季はとくに映える。
【総門】長野県宝。承応2年(1653)の建立で、境内でいちばん古い建物。
【山門】長野県宝。寛文12年(1672)建立の茅葺きの楼門。左右に仁王像が立つ。
【苔の参道】杉と欅の大木が並ぶ参道は一面の苔におおわれ、「苔の回廊」とも呼ばれる。紅葉の見ごろは例年11月上旬前後。
【島崎藤村旧宅】参道脇に建つ茅葺きの家。藤村が小諸義塾の教師として明治32年(1899)から6年間を過ごした居宅を移したもの。
【訪ねかた】苔がいちばん美しいのは雨上がり。紅葉とあわせるなら11月上旬前後がねらい目になる。藤村旧宅の中まで見たい場合は、公開が土曜・日曜・祝日に限られるので曜日を選びたい。
学び・特徴
主祭神
釈迦牟尼如来
社格
総門・山門・三重塔は長野県宝(長野県指定有形文化財)/信州百寺の一つ/江戸時代は徳川家光から朱印15石
創建
大永元年(1521)
テーマ
紅葉
基本情報
住所
長野県佐久市前山1380-1
参拝時間
開門は8時から16時まで。
島崎藤村旧宅の公開は4月から10月までの土曜日・日曜日・祝日(ゴールデンウィークとお盆も開館)、10時から15時まで。冬季は閉館。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR小海線「中込」駅から車で約10分。中部横断自動車道「佐久南インターチェンジ」が近い。境内のすぐ下に無料の駐車場がある。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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