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寺浄土宗・江戸時代は檀林(僧の学問所) 常総市

弘経寺

ぐぎょうじ

別名:寿亀山 天樹院 弘経寺(じゅきさん てんじゅいん ぐぎょうじ)

この寺について
寿亀山(じゅきさん)天樹院と号する浄土宗の寺で、「ぐぎょうじ」と読みます。応永21年(1414)に嘆誉良肇(たんよりょうちょう)上人が開いたと伝わり、江戸時代には浄土宗の僧が学ぶ檀林(だんりん)が置かれました。徳川家康の孫娘・千姫(せんひめ)がこの寺を菩提寺と定め、本堂の奥には千姫の墓所があります。千姫の姿絵など、ゆかりの品々も伝わっています。

歴史・由来

【千姫が眠る寺】 弘経寺を理解する鍵は、徳川家康の孫娘・千姫とのつながりです。院号の「天樹院」も、千姫が出家したあとの名前からきています。 【学問の寺としての始まり】 弘経寺は応永21年(1414)、嘆誉良肇上人によって開かれたと伝えられています。良肇は僧を育てることに力を入れ、ここから多くのすぐれた僧が巣立ちました。江戸時代には、浄土宗の僧が学ぶ檀林(学問所)が置かれました。 【戦国の荒廃と徳川家の寄進】 戦国時代には戦乱で荒れてしまいましたが、第10代の了学(りょうがく)上人の時代に、徳川家から本堂や鐘楼などの建物のために多くの寄進を受けて復興しました。 【千姫と弘経寺】 千姫は、2代将軍・徳川秀忠の娘で、豊臣秀頼に嫁いだあと、大坂の陣を経て本多忠刻(ほんだただとき)に再び嫁ぎました。夫・忠刻を亡くして落飾(らくしょく、髪をおろして仏門に入ること)してからは、この寺を菩提寺と定めています。70歳で亡くなると、遺言にしたがって遺骨の一部が弘経寺に納められ、姿絵や硯、袈裟などゆかりの品々も寺に伝えられました。 【今の本堂】 江戸時代のはじめに再建された本堂が改修され、平成20年(2008)4月に落慶法要(完成を祝う儀式)が行われました。

見どころ・特徴

【千姫の墓所】本堂の左手奥に千姫の墓所があり、遺言にしたがって遺骨の一部が納められています。秋の彼岸のころには、墓所をとり囲むように彼岸花が咲きます。 【千姫ゆかりの品々】千姫の姿絵や紫竜石硯(しりゅうせきすずり)、五條袈裟(ごじょうけさ)などが伝わっています。千姫の姿絵は全国に知られた寺宝です。4月上旬の天樹祭の日には遺品展が開かれます。 【桜】3月下旬から4月上旬にかけて、約30本のソメイヨシノが咲きます。
年中行事・お祭り
【天樹祭】例年4月上旬。千姫の遺品展が開かれます。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
宗派・寺格
浄土宗・江戸時代は檀林(僧の学問所)
創建
応永21年(1414)、嘆誉良肇上人の開山と伝わる
テーマ
桜彼岸花将軍ゆかり
この場所を巡る軸
基本情報
住所
茨城県常総市豊岡町甲1番地
アクセス
関東鉄道常総線「水海道」駅からタクシーで約10分。常磐自動車道の谷和原インターチェンジから車で約20分。駐車場あり(無料)。
公式サイト
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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