この寺について
宝珠山地蔵院(ほうじゅさんじぞういん)与楽寺(よらくじ)は、JR田端駅の近くにある真言宗豊山派(ぶざんは)の寺です。本尊の地蔵菩薩(じぞうぼさつ)は「賊除(ぞくよけ)地蔵」とよばれ、泥棒を追い払ったという言い伝えがあります。御府内八十八ヶ所霊場の第56番札所で、江戸六阿弥陀(えどろくあみだ)の第4番札所でもあります。大正から昭和にかけて芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)らが暮らした「田端文士村」の町にあります。
歴史・由来
与楽寺を理解する鍵は、「地蔵菩薩のご利益の言い伝えと、江戸の人びとの巡礼で親しまれてきた寺」という点です。
【弘法大師の開創と伝わる寺】
寺に伝わる話では、平安時代に弘法大師(こうぼうだいし、空海)が開いたとされます。創建の時期ははっきりしていません。本尊の地蔵菩薩も、弘法大師の作と伝えられています。
【賊除地蔵(ぞくよけじぞう)の言い伝え】
ある夜、泥棒が寺に入ろうとすると、たくさんの僧が現れて追い返しました。翌朝、本尊の地蔵菩薩の足に泥がついていたことから、「地蔵菩薩が僧の姿になって泥棒を追い払ってくださった」と信じられるようになり、「賊除地蔵」とよばれるようになったといいます。
【江戸時代の寺】
江戸時代には、幕府から20石の朱印(しゅいん、寺の領地を認める証)を受けました。受けた年は、慶安元年(1648)とする資料と、慶安2年(1649)とする資料があります。また、京都の仁和寺(にんなじ)の関東にある末寺をとりまとめる寺を務めていました。
【巡礼の札所として】
御府内八十八ヶ所の第56番、豊島八十八ヶ所霊場の第56番、江戸六阿弥陀の第4番、上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場の第21番と、多くの巡礼の札所になっています。
【関東大震災のあと】
関東大震災の犠牲者をとむらう供養塔が、大正14年(1925)に完成しています。境内には霊堂もあります。
見どころ・特徴
【賊除地蔵の伝承地】
本尊の地蔵菩薩にまつわる言い伝えは、北区教育委員会の説明板でも紹介されています。泥棒を追い払った地蔵菩薩のお話を思い浮かべながら、お参りしてみてください。
【阿弥陀堂(江戸六阿弥陀 第4番)】
江戸の六つの阿弥陀如来(あみだにょらい)を巡る札所のひとつです。阿弥陀堂の阿弥陀如来は、行基(ぎょうき)の作と伝えられています。
【古い石の仏さま】
境内には、南北朝時代の四面四仏石塔(しめんしぶつせきとう)のほか、江戸時代の巡拝塔(じゅんぱいとう)や廻国供養塔(かいこくくようとう)があります。
【山門と供養塔】
山門は平成29年(2017)に建てられた新しいものです。関東大震災の犠牲者をとむらう記念塔と霊堂もあります。
【与楽寺坂(よらくじざか)】
寺の近くにある坂の名前は、坂の下にこの寺があることに由来します。
【御朱印(ごしゅいん)】
庫裡(くり)で、御府内八十八ヶ所の本尊地蔵菩薩の御朱印を直接書いていただけます。授与の時間は、寺へ直接お問い合わせください。
【訪ねかた】
田端は、芥川龍之介や菊池寛(きくちかん)、萩原朔太郎(はぎわらさくたろう)ら文士が集まった町です。同じ田端の田端文士村記念館や、東覚寺(田端不動)とあわせて歩くのもおすすめです。
学び・特徴
本尊
地蔵菩薩
宗派・寺格
真言宗豊山派。御府内八十八ヶ所霊場 第56番、豊島八十八ヶ所霊場 第56番、江戸六阿弥陀 第4番、上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場 第21番。江戸時代は朱印地20石で、京都・仁和寺の関東末寺の取締役寺
創建
創建の年は不明。寺伝では弘法大師(空海)の開創
この場所を巡る軸
めぐりコース
基本情報
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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