TabiShiri
神社 御朱印 大阪市平野区

杭全神社

くまたじんじゃ

この神社について
大阪市平野区にある、平野郷(ひらのごう)の氏神さまです。平安時代の貞観(じょうがん)4年(862年)、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の孫の当道(まさみち)が創建したと伝わります。平野郷は戦国時代に堺に次ぐ自治都市として栄えた町で、境内には国の重要文化財の本殿三棟、連歌(れんが)のための建物「連歌所(れんがしょ)」、大阪府の天然記念物の大クスノキが残ります。毎年4月13日の御田植神事(おたうえしんじ)と、7月の平野郷夏まつりでも知られます。

歴史・由来

【創建】 貞観4年(862年)、坂上田村麻呂の孫の当道が、素戔嗚尊(すさのおのみこと)を平野郷の氏神として祀ったのが始まりと伝わります。素戔嗚尊は牛頭天王(ごずてんのう)とも呼ばれ、当初は祇園社(ぎおんしゃ)の形で祀られたとされます。 【熊野の神々を迎える】 熊野信仰が盛んになると、建久元年(1190年)と元亨元年(1321年)に熊野の神々が迎えられ、社殿が建てられました。元亨元年のほうは後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の命によるとされます。どちらがどの殿にあたるかは、資料により説明が分かれます。永正10年(1513年)の棟札(むなふだ)を持つ殿が、大阪市内で最も古い建築物の一つとされています。 【平野郷と連歌所】 平野郷は鎌倉・室町時代は摂関家の荘園で、戦国時代には堺に次ぐ自治都市になりました。連歌は鎌倉時代に始まり、室町時代に盛んになったと伝わります。中世以来の連歌所は慶長19年(1614年)の大坂冬の陣で壊され、現在の建物は宝永5年(1708年)に建て直されたものです。 【近代】 昭和5年(1930年)に府社に昇格したとする資料があります。

見どころ・特徴

【国の重要文化財の本殿三棟】 境内の第一殿・第二殿・第三殿は、すべて国の重要文化財に指定されています。第一殿は、奈良の春日大社の社殿を江戸時代の1711年に移したものとする資料があります。 【連歌所】 連歌(れんが)とは、何人かで和歌の上の句と下の句を交互によみつないでいく文芸です。その会場にあたる連歌所が現存するのは、全国的にも極めて少なく、ここだけとする資料もあります。明治以降にとだえていた連歌会は1987年に復活し、現在は平野法楽連歌会が定期的に開かれています。 【大クスノキ】 参道の入口の左側に立つクスノキで、大阪府の天然記念物です。高さ約16.5m、幹の周り約9.4mあり、根元が太いのが特徴です。 【御田植神事】 拝殿を田んぼに見立て、稲もみをまいて田植えの儀式を行う神事です。国と大阪府の選択無形民俗文化財になっています。 【見学のヒント】 境内は自由に参拝できます。神事や祭りの日は混み合うことがあります。
年中行事・お祭り
4月13日 御田植神事(拝殿を田に見立て、翁面をつけた役が稲もみをまき、最後に太郎坊と早乙女が松葉を苗に見立てて田植えの儀式を行う) 7月 平野郷夏まつり(2026年は11日から14日。11日と14日は太鼓台の巡行、12日と13日はだんじりの曳行、14日は神輿の御渡り。旧平野郷の9つの町がだんじりを曳く) 毎月 平野法楽連歌会(連歌所で定期的に開催) 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
素戔嗚尊伊弉諾尊伊弉冉尊速玉男尊事解男尊
社格
旧府社とされる(昭和5年に昇格とする資料がある。旧郷社とする資料もある)。本殿三棟は国の重要文化財。
創建
貞観4年(862年)、坂上田村麻呂の孫の当道が、素戔嗚尊を氏神として祀ったのが始まりと伝わる
ご利益
家内安全厄除け五穀豊穣
テーマ
重要文化財祭り巨木・御神木歴史
基本情報
住所
大阪府大阪市平野区平野宮町2-1-67
参拝時間
境内は自由に参拝できます。授与所の受付時間は公式サイトでご確認ください。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR大和路線(関西本線)「平野駅」から徒歩約5〜8分(資料により異なります)。国道25号の「平野宮前」交差点に大鳥居があります。
公式サイト
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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