TabiShiri
寺 御朱印 川越市

妙昌寺

みょうしょうじ

この寺について
日蓮宗、池上本門寺(東京)の末寺。永和元年(1375)創建。開山は法眞院日意(ほうしんいんにちい)上人と伝わる。小江戸川越七福神の第七番(弁財天)で、七福神めぐりの結願(けちがん)寺。境内の弁天堂には、法華経の一字一石を納めた塚から始まったという「経ヶ嶋辨財天(きょうがしまべんざいてん)」を祀る。

歴史・由来

この寺を理解する鍵は、日蓮宗の寺でありながら、境内の弁財天が太田道灌(おおたどうかん)以来、川越の守りとして大切にされてきたという点にある。 永和元年(1375)、室町時代の初めに、現在の幸町(さいわいちょう)の地に創建されたと伝わる。開山(初代住職)は法眞院日意(ほうしんいんにちい)上人、開基(創建の協力者)には池上本門寺第四世の日山聖人(にっさんしょうにん)の名が伝わる。池上本門寺(東京)の末寺として、長く法灯を守ってきた。 境内の弁財天は、室町時代にこの地の地頭(じとう)が法華経を一字ずつ小石に書き写して塚を築き、その上に祀ったのが始まりという。塚にちなんで「経ヶ嶋辨財天」と呼ばれる。長禄元年(1457)に川越城を築いた太田道灌は、この弁財天が城から見て裏鬼門(うらきもん、縁起の悪い方角とされる北東と対になる南西)にあることから、鬼門除けの守り神として深く崇敬したと伝わる。 寛保元年(1741)、松平信綱(まつだいらのぶつな)による川越城の改修にともない、寺は幸町から現在の三光町(さんこうちょう)へ移された。 本堂は平成4年(1992)に再建されたもの。弁天堂の壁には、左官職人の手による「こて絵」が施され、弁財天や浦島太郎、富士山と天女などが描かれている。

見どころ・特徴

【経ヶ嶋辨財天(きょうがしまべんざいてん)】法華経を書き写した小石を積んだ塚の上に祀られたという伝承を持つ弁財天。太田道灌が川越城の鬼門除けとして崇敬したと伝わる、川越七福神の結願(けちがん)の地。 【弁天堂のこて絵】左官職人が漆喰(しっくい)で仕上げた色鮮やかな壁画が、弁天堂の壁を飾る。弁財天や浦島太郎、富士山と天女などが描かれている。 【ほうろく灸】毎年、夏の土用の丑の日に行われる伝統行事。素焼きの皿(ほうろく)を頭にのせ、その上でもぐさを焚いて暑気あたりや頭痛平癒を祈る。武将が兜の上から灸を受けて回復したという伝説にちなむといわれ、早朝から多くの参拝者が訪れる。 【秋の藤袴(ふじばかな)】秋には、秋の七草のひとつ藤袴が境内で見られる。
年中行事・お祭り
【ほうろく灸】毎年、夏の土用の丑の日(7月中旬から8月上旬ごろ)の午前5時から正午まで。素焼きの皿を頭にのせてもぐさを焚き、暑気あたりや頭痛平癒を祈る伝統行事。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
本尊
三宝尊(さんぽうそん、日蓮宗の本尊)弁財天(経ヶ嶋辨財天、弁天堂に祀る)
宗派・寺格
日蓮宗。山号は法眞山(ほうしんさん)。池上本門寺(東京)の末寺。小江戸川越七福神第七番(弁財天)、結願寺。
創建
永和元年(1375)、幸町の地に創建と伝わる。開山は法眞院日意上人、開基には池上本門寺第四世・日山聖人の名が伝わる。寛保元年(1741)、川越城改修にともない現在の三光町へ移転した。
ご利益
縁結び学業成就芸能・芸術健康・病気平癒
テーマ
小江戸川越七福神
この場所を巡る軸
基本情報
住所
埼玉県川越市三光町29
参拝時間
境内への参拝は自由で、無休、拝観料は無料。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
東武東上線「川越市」駅から徒歩約7分、または西武新宿線「本川越」駅から徒歩約14分。小江戸巡回バスを使う場合は「妙昌寺入口」から徒歩約4分。駐車場あり。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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