この寺について
隅田川七福神(毘沙門天担当)の一社。真言宗智山派の寺院。天徳年間(957-960年頃)の創建と伝わり、墨田区最古の寺院の一つ。江戸中期に再建された「茅葺の山門」は区内に残る最古の建造物として、墨田区指定有形文化財となっている。妖怪狸を退治したという伝説から「たぬき寺」とも呼ばれる。
歴史・由来
多聞寺を理解する鍵は、「場所」も「本尊」も、創建当初から今の姿に変わってきた、という歴史にある。
社伝によれば、天徳年間(957-960年頃)、現在の隅田川神社の付近に、不動明王を本尊とする「大鏡山明王院隅田寺(だいきょうさんみょうおういんすみだじ)」として創建されたのが始まりという。江戸時代の神仏分離以前は、隅田川神社の別当寺(神社を管理する寺)であった。
天正年間(1573-1591)、鑁海(ばんかい)という僧がこの寺を現在の地に移し、本尊を不動明王から毘沙門天に改め、寺名も「隅田山吉祥院多聞寺」と改めた。文化年間(1804-1818)には、隅田川七福神の一つ(毘沙門天担当)に組み込まれた。
寺にはこんな伝説が伝わっている。かつてこの地には毒蛇のいる池と、「牛松」と呼ばれる大きな松があり、その根元には妖怪狸が住みついて人々をたぶらかしていた。困り果てた和尚と村人がお堂を建てて対処したところ、毘沙門天の力によって妖怪狸が退治されたという。その後、2匹の狸がお堂の前で死んでいたため、供養のために塚が築かれた。これが「狸塚」で、多聞寺が「たぬき寺」と呼ばれるようになった由来とされる。
境内の茅葺の山門は、江戸時代中期の享保3年(1718)に焼失した後に再建されたもので、墨田区に残る最古の建造物と考えられており、区の有形文化財に指定されている。多聞寺は、関東大震災と東京大空襲の被害を免れた数少ない寺院の一つで、こうした古い姿を今に伝えている。
見どころ・特徴
東武伊勢崎線「鐘ケ淵」駅から徒歩約7〜9分。
【茅葺の山門】
江戸時代中期の享保3年(1718)の焼失後に再建された、木造茅葺・切妻造四脚門。墨田区に残る最古の建造物とされ、墨田区指定有形文化財。山門脇の「毘沙門天」の案内碑は、幕末の幕臣・榎本武揚(えのもと たけあき)の筆による。
【狸塚】
妖怪狸を供養したと伝わる塚。境内には、大小さまざまな狸の置物も置かれている。
【六地蔵坐像】
境内に並ぶ六体の地蔵坐像。
【隅田川七福神】
毘沙門天を祀る札所として、隅田川七福神めぐりの巡拝地の一つ。
【訪ねかた】
境内は静かで、七福神めぐりの期間(例年1月上旬)以外は参拝者も少なめ。ゆっくりと茅葺の山門や狸塚を見て回るのに向いている。
年中行事・お祭り
【隅田川七福神めぐり】例年1月上旬(1日から7日頃)
多聞寺(毘沙門天)を含む7つの社寺を巡る新春の行事。期間中は御朱印・宝船・色紙などの授与品が用意される(多聞寺と三囲神社では「宝船」の授与もある)。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
本尊
毘沙門天(びしゃもんてん、多聞天。弘法大師作と伝わる)
宗派・寺格
墨田区指定有形文化財(山門)。隅田川七福神(毘沙門天)の一社。明治の神仏分離までは隅田川神社の別当寺だった。
創建
天徳年間(957-960年頃)、大鏡山明王院隅田寺として、現在の隅田川神社付近に創建されたと伝わる。天正年間(1573-1591)、鑁海によって現在地へ移転し、本尊を毘沙門天に改めて現在の寺名となった。
ご利益
勝運財運
テーマ
隅田川七福神たぬき伝説
この場所を巡る軸
めぐりコース
基本情報
住所
東京都墨田区墨田5-31-13
参拝時間
隅田川七福神めぐりの期間中(例年1月上旬)は、御朱印の授与が9時から16時頃まで受けられる。通常期の拝観・授与時間は確認できなかった。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
東武伊勢崎線「鐘ケ淵」駅から徒歩約7〜9分。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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