この神社について
【概要】
東京都墨田区向島の、隅田川の近くにある稲荷神社です。御祭神は宇迦御魂之命(うかのみたまのみこと)で、江戸時代から、三井家の守護社として知られています。
「三囲(みめぐり)」の名は、白い狐が神像のまわりを三度めぐった、という言い伝えに由来します。境内には、三井家の邸宅から移された三角形の鳥居や、池袋三越から移された三越のライオン像があります。
隅田川七福神の一つで、恵比寿神と大国神をお祀りしています。
歴史・由来
三囲神社を理解する鍵は、「田んぼの中の小さな祠(ほこら)が、人びとの願いと三井家の信仰によって、大きな神社になった」という流れにあります。
はじまりは、「田中稲荷」と呼ばれる小さな祠でした。社伝では、弘法大師が祀ったと伝わりますが、創建の年代は分かっていません。
文和年間(1352年から1356年)に、近江(おうみ)の三井寺の僧・源慶(げんけい)が、荒れた祠を直そうとしました。すると、土の中から、白い狐にまたがる老人の神像が出てきました。白い狐は、神像のまわりを三度めぐって消えたといいます。これが「三囲」の名の由来とされます。
江戸時代には、雨乞い(あまごい)にご利益がある神社として知られました。元禄6年(1693年)の大日照りのとき、俳人の宝井其角(たからいきかく)が雨乞いの句を奉納したところ、雨が降ったと伝わり、評判が江戸に広まりました。
京都の豪商・三井家は、江戸に進出すると、この神社を守護社と定めました。江戸の中心の本町から見て、東北の鬼門(きもん)にあたること、「囲」の字の中に「井」があることが、理由とされます。享保年間(1716年から1736年)には、土地の寄進や社殿の改築も行いました。
大正3年(1914年)には、三越の日本橋本店の屋上にも、この神社の分霊が祀られました。平成21年(2009年)には、閉店した池袋三越から、ライオン像が境内に移されました。
見どころ・特徴
【三柱鳥居(みはしらとりい)】
三角形に組まれた、珍しい形の石の鳥居です。三井家の邸宅の中にあったものを、移したと伝わります。
【三越のライオン像】
池袋三越の店頭に置かれていたライオン像で、平成21年(2009年)に境内に移されました。台座には、三越の社紋が刻まれています。三井家と三越のつながりを、今に伝える像です。
【神狐像「コンコンさん」】
本殿の前に、狐の像があります。どちらも細い目で、おだやかに微笑んでいるように見えます。
【宝井其角の雨乞いの句碑】
元禄6年(1693年)の大日照りのとき、其角が雨乞いの句を奉納した出来事を伝える碑です。この話が、江戸で神社の名を広めるきっかけになりました。
【三つ穴灯籠と三角屋根の手水舎】
参道には、「三」にちなんだ珍しい奉納物が並びます。三つの穴のあいた灯籠や、三角の屋根の手水舎(てみずや)があります。
【顕名霊社(あきなれいしゃ)】
三井家の祖先を祀る社です。
【隅田川七福神】
境内の末社では、七福神のうち、恵比寿神と大国神を祀っています。
年中行事・お祭り
【例大祭】例年4月上旬
神社でいちばん大きなお祭りです。
【隅田川七福神めぐり】例年お正月
隅田川ぞいの七つの社寺をめぐる行事で、三囲神社は、恵比寿神と大国神を祀る社です。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
宇迦之御魂神
社格
三井家の守護社。隅田川七福神の一つ
創建
創建の年代は分かっていません。社伝では、弘法大師が祀った「田中稲荷」が始まりと伝わります。文和年間(1352年から1356年)に、近江の三井寺の僧・源慶が、荒れた祠を再興しました。
テーマ
七福神歴史
この場所を巡る軸
めぐりコース
基本情報
住所
東京都墨田区向島2-5-17
参拝時間
境内は、9時から17時まで参拝できます。冬は、閉まる時間が早くなります。
御朱印は、社務所で授与されます。
時間は変更される場合があります。お出かけ前に公式サイトでご確認ください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
東武スカイツリーライン「とうきょうスカイツリー」駅から徒歩約8分
東京メトロ半蔵門線・東武スカイツリーライン「押上」駅、都営浅草線「本所吾妻橋」駅から徒歩約10分
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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