TabiShiri
寺 御朱印 京都市東山区

妙法院

みょうほういん

この寺について
京都市東山区にある天台宗(てんだいしゅう)の寺院。山号(さんごう)は南叡山(なんえいざん)、本尊は普賢菩薩(ふげんぼさつ)。三千院(さんぜんいん)・青蓮院(しょうれんいん)とともに「天台三門跡(てんだいさんもんぜき)」に数えられ、皇族や貴族の子弟が住持を務めた格式高い門跡寺院(もんぜきじいん)である。境外仏堂(けいがいぶつどう)である三十三間堂(さんじゅうさんげんどう、蓮華王院〈れんげおういん〉)を所管し、境内の庫裏(くり)は桃山時代の建築を代表する国宝(こくほう)に指定されている。

歴史・由来

妙法院(みょうほういん)を理解する鍵は、比叡山(ひえいざん)の一坊から出発し、後白河法皇(ごしらかわほうおう)ゆかりの地に根を下ろして、皇族や貴族の子弟が住持(じゅうじ)を務める門跡寺院(もんぜきじいん)へと歩みを進めた、その成り立ちにある。 寺伝では、延暦年間(えんりゃくねんかん、782年から806年)に伝教大師最澄(でんぎょうだいしさいちょう)が比叡山に開いたと伝える。ただし創立の詳しい経緯を記す史料は乏しく、実質的な歩みがはっきりするのは平安時代末期からである。後白河法皇の護持僧(ごじそう)であった昌雲(しょううん)が、法皇の御所であった法住寺殿(ほうじゅうじどの)のそばに里坊(さとぼう)を開いたことが、現在の妙法院につながる歩みの起点とされる。昌雲の弟子・実全(じつぜん)は1202年に天台座主(てんだいざす、天台宗の最高位)となり、この時初めて「妙法院」の号を立てた。その後、後高倉院(ごたかくらいん)の皇子・尊性法親王(そんしょうほっしんのう)が入寺して門主(もんしゅ)を務めたことで、皇族が代々住持を継ぐ「門跡」としての地位が確立し、元和元年(げんながんねん、1615年)には現在の地(法住寺殿の跡地)へ移って、今に続く境内の姿が整ったとされる。 妙法院は、三千院・青蓮院とともに「天台三門跡」、さらに曼殊院(まんしゅいん)・毘沙門堂(びしゃもんどう)を加えた「天台宗五ヶ室門跡(てんだいしゅうごかしつもんぜき)」の一つに数えられる、格式の高い寺院である。 境内で最も目を引く建物が、国宝の庫裏(くり)である。豊臣秀吉(とよとみひでよし)が隣接する方広寺(ほうこうじ)の大仏殿(だいぶつでん)で催した千僧供養(せんそうくよう)にあわせて建てられたと伝わる桃山時代の建築で、建立の年を記す史料は確認できないものの、千人もの僧の食事をまかなうための台所として造られた豪壮なつくりが特徴である。天井を持たない吹き抜けの梁組みと、煙出しのための越屋根(こしやね)が、当時の様子を今に伝えている。 もう一つ、妙法院の歴史で欠かせないのが、幕末(ばくまつ)の文久(ぶんきゅう)3年(1863年)の出来事である。朝廷内の政変により、三条実美(さんじょうさねとみ)ら尊王攘夷派(そんのうじょういは)の公卿(くぎょう)7人が、翌日未明に妙法院の宸殿(しんでん)から長州(ちょうしゅう、現在の山口県)へ向けて出発した。これは「七卿落ち(しちきょうおち)」として知られる事件で、この様子を描いた絵図は文化庁(ぶんかちょう)の文化遺産オンラインにも収められている。 妙法院はまた、本堂から少し離れた境外仏堂である三十三間堂(蓮華王院)を所管しており、両者は切り離せない歴史を共有している。

見どころ・特徴

【国宝 庫裏(くり)】桃山時代を代表する建築で、豊臣秀吉の千僧供養のために建てられたと伝わる。天井のない大きな吹き抜けと、煙出しの越屋根(こしやね)が見どころ。ただし令和2年から9年ごろにかけて保存修理工事が行われており、時期によっては拝観できないことがある。訪れる前に公式情報で状況を確認したい。 【宸殿(しんでん)と七卿落ち(しちきょうおち)】幕末の文久3年(1863年)、三条実美らの公卿7人が宸殿からひそかに長州へ向けて出発した場所として知られる。当時の様子を描いた絵図は文化遺産オンラインにも収められている。 【大書院(だいしょいん)】重要文化財で、狩野派(かのうは)による障壁画で飾られている。 【本尊 普賢菩薩騎象像(ふげんぼさつきぞうぞう)】象に乗った姿の普賢菩薩を本尊とし、特別公開時に拝むことができる。 【御朱印】通常非公開の寺院だが、神仏霊場巡拝の道の札所になっているため、事務所で御朱印をいただくことができる。 【三十三間堂とあわせて】すぐ南に位置する三十三間堂(蓮華王院)は妙法院が所管する仏堂で、あわせて訪ねると両者のつながりが見えてくる。
年中行事・お祭り
【五月会(ごがつえ)】例年5月14日、9時から15時30分ごろ。参拝者も参加できる法要とあわせて、普段は非公開の文化財が無料で公開される。 【秋の特別公開】例年11月ごろ、庫裏(くり)など国宝・重要文化財が公開される。 開催日・開催の有無・公開内容は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式情報でご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
本尊
普賢菩薩(ふげんぼさつ)
宗派・寺格
天台宗三門跡(てんだいさんもんぜき、妙法院・三千院・青蓮院)の一つであり、曼殊院・毘沙門堂を加えた「天台宗五ヶ室門跡」の一つにも数えられる、皇族・貴族の子弟が住持を務めた格式高い門跡寺院(もんぜきじいん)。神仏霊場巡拝の道・京都第39番。
創建
寺伝では延暦年間(782年から806年)に伝教大師最澄が比叡山に開いたと伝わるが、創立の詳しい経緯を記す史料は乏しい。実質的な歩みは平安時代末期、後白河法皇の護持僧・昌雲(しょううん)が法住寺殿のそばに里坊を開いたことに始まるとされ、弟子の実全(じつぜん)が1202年に天台座主となった際、初めて「妙法院」の号を立てた。
基本情報
住所
京都府京都市東山区妙法院前側町447
参拝時間
本堂・庫裏などの境内は通常非公開。御朱印は、神仏霊場巡拝の道の札所として、9時から16時まで受けることができる。 本堂・庫裏の特別公開は、例年5月14日の「五月会」や11月ごろの「秋の特別公開」などに限られ、その際の拝観時間は9時から16時ごろまで。 公開日や時間は年によって変わります。お出かけ前に必ず公式サイトなどでご確認ください。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
京都市バス「東山七条」または「博物館三十三間堂前」下車、徒歩約2分。 京阪本線「七条」駅から徒歩約10分から12分ほど。JR・近鉄・地下鉄「京都」駅からは徒歩約25分。 参拝者用駐車場(15台、60分無料)が北側の入り口付近にある。 すぐ南には三十三間堂(蓮華王院)、北には京都国立博物館があり、あわせて訪ねやすい。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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