この寺について
後白河法皇(ごしらかわほうおう、平安末期の天皇)の御所「法住寺殿」の跡地に建つ天台宗の寺院。三十三間堂( 関連、蓮華王院)はもともと当寺の境内に建てられた。
歴史・由来
後白河法皇(ごしらかわほうおう、1127-1192、平安末期の天皇、保元の乱・平治の乱を主導)の御所「法住寺殿」の跡地に建つ天台宗の寺院。
寺伝によれば、永祚元年(989)、藤原為光の創建。
平安末期、後白河法皇が当寺を「法住寺殿」と称する御所として整備、当地で院政を執った。「法住寺殿」は、最盛期、現在の三十三間堂( 関連)一帯を含む広大な御所。
長寛2年(1164)、後白河法皇の発願で、法住寺殿の境内に「蓮華王院(三十三間堂、 関連)」が建立された。三十三間堂はもともと、法住寺の境内に建てられた。
寿永2年(1183)、源義仲(木曾義仲、源義経の従兄弟)の襲撃で、法住寺殿は焼失。法皇は身を寄せていたが、難を逃れた。
後白河法皇は建久3年(1192)、法住寺殿の地で崩御。当寺の隣に「後白河天皇陵」が建立されている。
基本情報
住所
京都府京都市東山区三十三間堂廻町655
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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