この寺について
泉涌寺(せんにゅうじ)は、京都・東山の山ふところにある、真言宗泉涌寺派(しんごんしゅう せんにゅうじは)の総本山です。天皇や皇室の菩提(ぼだい=亡くなった人の冥福)を祈ってきたことから「御寺(みてら)」と呼ばれ、境内には月輪陵(つきのわのみささぎ)などの皇室の陵墓(りょうぼ)があります。重要文化財の仏殿や大門、美人祈願で知られる楊貴妃観音(ようきひかんのん)、日本最大級の涅槃図(ねはんず)など、見どころが集まっています。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、「なぜ天皇家の菩提寺(ぼだいじ)になったのか」という点です。
泉涌寺の前身は、仙遊寺(せんゆうじ)という寺だったとされています。平安時代のはじめに空海(くうかい)が庵(いおり)を結んだという説もありますが、はっきりとは確かめられていません。
鎌倉時代の初め、建保6年(1218)に、月輪大師俊芿(がちりんだいし しゅんじょう)が、宋(そう=中国)の作法にならった大きな寺をつくろうとしました。そのとき清らかな水がわき出したことから、「泉涌寺」の名がついたと伝えられています。
貞応3年(1224)には皇室の祈願寺となり、四条天皇のあとは、歴代の天皇の菩提所(ぼだいしょ)として篤く信仰されました。南北朝時代から安土桃山時代の天皇の葬儀を行ったほか、江戸時代にも後水尾天皇から孝明天皇までの葬儀が営まれたと伝わります。
境内には、月輪陵・後月輪陵(のちのつきのわのみささぎ)・後月輪東山陵(のちのつきのわのひがしやまのみささぎ)という皇室の陵墓があります。中心の仏殿は、寛文8年(1668)に4代将軍の徳川家綱(とくがわ いえつな)によって再建されました。楊貴妃観音像は、鎌倉時代に宋から伝わったと伝えられています。
見どころ・特徴
【仏殿】重要文化財。寛文8年(1668)に徳川家綱が再建したお堂で、天井には狩野探幽(かのう たんゆう)の絵があります。中には釈迦・阿弥陀・弥勒の三体の仏さまが祀られています。
【大門】重要文化財。京都御所の門を移したものとされ、泉涌寺の入口にあたります。
【舎利殿・霊明殿】霊明殿(れいめいでん)には、歴代の天皇・皇后・親王のお位牌(尊牌=そんぱい)がまつられています。
【楊貴妃観音堂】中国・宋の時代に伝わった聖観音像(しょうかんのんぞう)がまつられ、重要文化財です。唐の楊貴妃(ようきひ)の姿をうつしたと伝えられ、美人祈願の観音さまとして知られています。
【涅槃図(ねはんず)】縦約16m、横約8mの日本最大級の涅槃図で、例年3月14日〜16日に公開されます。
【皇室の陵墓】境内に月輪陵・後月輪陵・後月輪東山陵があります。陵墓そのものの参拝には決まりがあるので、案内の表示にしたがってください。
【紅葉】例年11月中旬〜11月下旬が見ごろです。
年中行事・お祭り
【涅槃会(ねはんえ)】例年3月14日〜16日ごろ。大涅槃図(だいねはんず)が公開されます。
【舎利会(しゃりえ)】例年10月7日・8日。
【泉山七福神巡り(せんざんしちふくじんめぐり)】例年1月、成人の日のころ。
【紅葉の時期】例年11月中旬〜11月下旬。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
本尊
釈迦如来阿弥陀如来弥勒如来
宗派・寺格
真言宗泉涌寺派の総本山。皇室の御寺(みてら)。山号は東山(泉山とも)。
創建
鎌倉時代初め、建保6年(1218)に月輪大師俊芿が開創。前身は仙遊寺とされ、平安時代に空海が草創したとする説もある。
テーマ
皇室ゆかり紅葉・庭園
基本情報
住所
京都府京都市東山区泉涌寺山内町27
参拝時間
3月〜11月は9時〜16時30分(閉門17時)、12月〜2月は9時〜16時(閉門16時30分)。
伽藍(がらん)拝観は大人500円、子ども300円。御座所(ござしょ)庭園などの特別拝観は別料金(500円)で、拝観できない場合があります。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR・京阪「東福寺」駅から徒歩約15分。
JR京都駅から市バス208系統などで「泉涌寺道」下車、徒歩約10分〜15分。
車は阪神高速8号京都線「鴨川西」出入口から約7分〜10分。無料の駐車場があります(台数は情報により20台〜30台)。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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