TabiShiri
神社 御朱印延喜式内社(大社)。大和国の四所水分社(葛城・都祁・宇太・吉野)の一つ。 吉野郡吉野町

吉野水分神社

よしのみくまりじんじゃ

別名:子守宮(こもりのみや)

この神社について
奈良県吉野山の上千本に鎮座する神社。水を司る天之水分大神(あめのみくまりのおおかみ)を祀り、「みくまり」がなまって「子守(こもり)」となったことから、古くより子授け・安産の神として信仰されてきた。社殿は桃山時代を代表する建築として国の重要文化財に指定され、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産の一つでもある。

歴史・由来

吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)を理解する鍵は、「みくまり」という言葉が「こもり」に転じたところにある。 社名の「水分(みくまり)」は、山からの水を田畑に配る「水配り」を意味する言葉で、主祭神・天之水分大神(あめのみくまりのおおかみ)はその名の通り水を司る神である。創建年代ははっきりしないが、続日本紀には文武天皇2年(698)に雨乞いのため馬を奉納したという記録が残る、大和でも屈指の古社である。延喜式神名帳では大社に列し、大和国の四つの水分社(葛城・都祁・宇太・吉野)の一つに数えられた。もとは青根ヶ峰の山頂に祀られていたが、大同年間(806年ごろ)に現在の場所へ遷座したと伝わる。 やがて「みくまり」という響きが「みこもり」、さらに「子守(こもり)」に通じると考えられるようになり、この神社は子授け・安産・子育ての神として、皇室から庶民まで篤く信仰されるようになった。文禄3年(1594)、吉野の花見に訪れた豊臣秀吉が当社に祈願したとされ、その子・秀頼が父の意志を継いで、慶長9年(1604)ごろに現在の社殿を再建したという。桃山時代を代表するこの社殿は、今も本殿・幣殿・拝殿・楼門・回廊が国の重要文化財に指定され、社殿の奥に安置される木造玉依姫命坐像(鎌倉時代作、非公開)は国宝に指定されている。

見どころ・特徴

【子守明神としての信仰】「みくまり」がなまって「こもり」に通じるとされ、古くから子授け・安産・子育ての神として信仰されてきた。境内には「子守宮(こもりのみや)」の別名もある。 【桃山建築の社殿】本殿・幣殿・拝殿・楼門・回廊からなる社殿は、豊臣秀頼が再建した桃山時代の代表的な神社建築として、国の重要文化財に指定されている。極彩色の彫刻や意匠にも注目したい。 【国宝の神像】本殿には鎌倉時代作の木造玉依姫命坐像が安置されており、国宝に指定されている。ただし一般には公開されていない。 【上千本の桜】境内は吉野山・上千本の中心にあり、4月には満開の桜に包まれる、吉野を代表する花の名所の一つでもある。 【金峯山寺とあわせて】世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産の一つで、金峯山寺(きんぷせんじ)など吉野山の他の霊場とあわせて巡る参拝者も多い。
学び・特徴
主祭神
天之水分大神玉依姫命天津彦火瓊瓊杵命天萬栲幡千幡比咩命高皇産霊神少名彦神
社格
延喜式内社(大社)。大和国の四所水分社(葛城・都祁・宇太・吉野)の一つ。
創建
創建年代は不詳。文武天皇2年(698)の『続日本紀』に記録が残る古社で、もとは青根ヶ峰山頂に鎮座し、大同年間(806年ごろ)に現在地へ遷座したと伝わる。
ご利益
子授け安産子育て
テーマ
世界遺産桜の名所
基本情報
住所
奈良県吉野郡吉野町吉野山1612
参拝時間
8時から16時まで(4月のみ8時から17時まで)

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
近鉄吉野線 吉野駅からロープウェイで吉野山駅まで上り、そこから徒歩約90分(1時間半)ほど。境内までは坂道が続くため、歩きやすい靴での参拝がすすめられる。無料駐車場があるが2〜3台分と少ない。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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