この神社について
茨城県の加波山(かばさん、標高709メートル)をまつる神社で、山頂近くの尾根に中宮(なかみや)の本殿があります。桜川市真壁町の真壁拝殿は、平成16年(2004)に西のふもとに建てられた里宮です。江戸時代には「加波山大権現」と呼ばれる修験道(しゅげんどう)の霊場として栄え、水戸徳川家からもあつく信仰されました。
歴史・由来
【三つの宮をもつ山】
加波山神社を理解する鍵は、加波山という一つの山に「本宮」「中宮」「親宮」という三つのお宮があることです。加波山神社はそのうちの中宮にあたり、本宮と親宮は加波山三枝祇神社(かばさんさえなづみじんじゃ)がまつっています。昔は、本宮が山のふもとの西と南、中宮が東、親宮が北と、それぞれ信仰を集める地域が分かれていました。
【日本武尊と坂上田村麻呂】
社伝によると、景行天皇(けいこうてんのう)の時代、東国へ遠征した日本武尊(やまとたけるのみこと)が加波山に登り、神のお告げによって神々をまつったのが始まりとされます。延暦20年(801)には、征夷大将軍の坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が戦いの勝利を祈り、社殿を寄進したと伝えられています。
【修験の山から神社へ】
江戸時代には「加波山大権現」と呼ばれ、山伏(やまぶし)が修行する修験道の霊場として栄えました。水戸徳川家もあつく信仰しています。明治時代のはじめ、神と仏を分ける神仏分離によって神社と寺が分けられ、明治6年(1873)に郷社となって「加波山神社」の名になりました。明治11年(1878)には東のふもとの大塚村(今の石岡市)に拝殿が、平成16年(2004)には西のふもとの真壁町に真壁拝殿が建てられました。
【加波山事件の山】
加波山は近代の歴史にも名を残しています。明治17年(1884)9月、自由民権運動に加わっていた富松正安(とまつまさやす)ら16人がこの山で武装蜂起しました。「加波山事件」と呼ばれ、明治政府を倒そうとした最初の武装蜂起とされていますが、すぐに鎮められました。
見どころ・特徴
【山頂近くの中宮本殿】本殿は、加波山の山頂から少し北に離れた尾根の上にまつられています。
【たばこ神社】加波山の山中には摂社のたばこ神社があり、たばこにまつわる珍しい祭りが行われます。
【訪ねかた】中宮の本殿へは山道を歩いて登ります。登山の準備をして、歩きやすい靴で出かけましょう。ふもとの真壁拝殿では、山に登らなくてもお参りができます。
年中行事・お祭り
【禅定祭(ぜんじょうさい)】例年7月1日から8月31日まで。加波山の霊場をめぐる夏の行事です。
【きせる祭】例年9月上旬。たばこ神社にまつわる祭りです。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
社格
旧郷社
創建
景行天皇の時代、日本武尊がまつったと伝わる(社伝)
ご利益
子宝・安産五穀豊穣
テーマ
修験道山・登拝
基本情報
住所
茨城県桜川市真壁町長岡891
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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