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神社 御朱印 日高市

高麗神社

こまじんじゃ

この神社について
高句麗(こうくり:古代の朝鮮半島北部にあった国)から渡ってきた高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)をまつる神社です。奈良時代、朝廷はこの地に「高麗郡(こまぐん)」を置き、若光は高句麗の人々とともに開拓を率いました。参拝後に総理大臣となった政治家が相次いだことから「出世明神(しゅっせみょうじん)」とも呼ばれます。境内には、若光の子孫・高麗家(こまけ)の旧住居で国の重要文化財の高麗家住宅も残っています。

歴史・由来

【海を渡った人々の神社】 高麗神社を理解する鍵は、1300年前に海を渡ってきた人々と、その子孫が今も神社を守り続けていることです。 【若光と高麗郡】 若光は、666年に高句麗の使節の一員として日本にやってきました。668年に高句麗が滅びたあとも日本にとどまって朝廷に仕え、703年には「王(こきし)」の姓を授けられます。霊亀2年(716)、朝廷は関東の七つの国に住んでいた高句麗の人々1799人を武蔵国(むさしのくに)に移して「高麗郡」をつくり、若光はその郡の長として土地の開拓を率いました。 【郡の守り神に】 若光はこの地で生涯を終えました。人々はその功績をしのんで若光をまつり、郡を守る神としました。これが高麗神社の始まりとされます。若光の子孫である高麗氏は、1300年・60代にわたって家系を受け継ぎ、代々この神社の祭りをつかさどってきました。 【出世明神へ】 近代になると、政治家や文化人の参拝が増えました。斎藤實(さいとうまこと)、若槻禮次郎(わかつきれいじろう)、浜口雄幸(はまぐちおさち)、平沼騏一郎(ひらぬまきいちろう)、鳩山一郎(はとやまいちろう)、小磯国昭(こいそくにあき)の6人が参拝後に総理大臣となったことから、「出世明神」として知られるようになりました。

見どころ・特徴

【将軍標(チャンスン)】境内の入口に立つ、大きな花こう岩の柱です。朝鮮半島では村やお寺の入口に立てられ、魔除けや道しるべの役割をしてきました。御祭神のふるさとの文化を伝えています。 【高麗家住宅】若光の子孫・高麗氏が暮らした家で、慶長年間(1596年から1615年)ごろの建築と伝わります。かやぶき屋根の入母屋造(いりもやづくり)で、昭和46年(1971)に国の重要文化財に指定されました。そばには樹齢400年のシダレザクラがあります。 【御本殿】中世から安土桃山時代にかけての建築と伝わり、埼玉県の文化財に指定されています。 【御神木】参集殿の前庭にある、樹齢300年の彼岸桜と檜(ひのき)が御神木としてまつられています。
年中行事・お祭り
【高麗郡建郡記念神恩感謝祭】例年5月16日 高麗郡がつくられた日を記念するお祭りです。 【桜花祭・夜桜会】例年3月末から4月初めの土曜または日曜 春の境内で行われます。特別な御朱印も授与されます。 【観月祭】例年、旧暦8月15日にあたる日の夜 中秋の名月を愛でるお祭りです。 【例祭】例年10月19日 一年でいちばん大切なお祭りで、江戸時代から氏子が受け継いできた獅子舞が奉納されます。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
高麗王若光猿田彦命武内宿祢命
創建
奈良時代。霊亀2年(716)の高麗郡設置ののち、この地で亡くなった若光を郡の人々がまつったのが始まりとされる
ご利益
出世・仕事開運招福長寿
テーマ
重要文化財桜高麗郡
基本情報
住所
埼玉県日高市新堀833
アクセス
JR八高線・川越線「高麗川」駅から徒歩約20分(タクシーで約5分)。西武池袋線「高麗」駅から徒歩約45分。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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