この寺について
国東半島(くにさきはんとう)の田染(たしぶ)にある、平安時代の仏像を伝えるお堂。かつてこの地にあった馬城山伝乗寺(まきさんでんじょうじ)という大寺院の建物のひとつだったと伝わる。伝乗寺は六郷満山(ろくごうまんざん)の「本山本寺八ヶ寺」のなかでも最大規模を誇ったが、およそ700年前に火災で失われた。残されたのは仏像である。収蔵庫におさめられた4件9躯(く)はすべて国の重要文化財で、水牛にまたがる大威徳明王像(だいいとくみょうおうぞう)は大威徳明王としては国内最大、不動明王立像は木彫の不動明王として日本一の大きさとされる。
歴史・由来
【この堂を理解する鍵】
真木大堂を訪ねると、まず「お堂が小さいのに、中の仏像が大きすぎる」ことに驚く。これは偶然ではない。ここにあった仏像は、もっとずっと大きな寺のために造られたものだからである。その寺はもう無い。仏像だけが残った。真木大堂は、消えた大寺院の中身が、規模の合わない器に守られてきた場所なのだ。
【六郷満山と伝乗寺】
国東半島には、六郷満山と呼ばれる寺院群があった。寺伝では養老(ようろう)2年(718年)、仁聞菩薩(にんもんぼさつ)という僧が開いたとされる。半島は天台宗(てんだいしゅう)の信仰と山岳修行が結びついた独特の仏教文化を育て、その中心が本山(もとやま)・中山・末山(すえやま)の三つの区分に分かれた寺々だった。
このうち本山の中核をなす「本山本寺八ヶ寺」のひとつが、馬城山伝乗寺である。七堂伽藍(しちどうがらん)を備え、田染の地に36の寺坊(じぼう、僧の住む建物)を抱えていたという。八ヶ寺のなかで最大規模だった。
【失われた寺、残された仏】
その伝乗寺が、およそ700年前に火災で焼け落ちる。広大な伽藍も、36の寺坊も消えた。しかし仏像は運び出され、守られた。
今ある建物は二つだけである。ひとつは江戸時代に再建された小さな旧本堂、通称「大堂」。もうひとつは、仏像を安全に保管するために昭和40年代に建てられた収蔵庫。旧本堂には江戸時代の仁王像が、収蔵庫には平安時代の仏像9躯がおさめられている。
昭和25年(1950年)、それら9躯がまとめて国の重要文化財に指定された。寺そのものは失われても、そこにあったものの価値は公に認められたことになる。
【仏像が語る地方の力】
収蔵庫の仏像は、この地方がどれほど豊かだったかを教えてくれる。中心に座る阿弥陀如来坐像は、11世紀後半の定朝様式(じょうちょうようしき)を示す。定朝は京都で活躍した仏師で、その洗練された作風が九州の半島まで届いていたことになる。
一方、その左右に立つ四天王像は、地元の仏師の手によるものと見られている。都から来た様式と、土地の職人の技。その両方がひとつの堂に並んでいるところに、この地の仏教文化の厚みがある。
見どころ・特徴
【木造大威徳明王像】像高241センチ。六つの顔、六本の腕、六本の足を持ち、忿怒(ふんぬ、激しい怒り)の表情で水牛にまたがる。頭と胴体の主要部は樟(くすのき)、手足は檜(ひのき)でつくられている。大威徳明王の像としては国内最大。牛に乗る姿の作例そのものが少なく、初めて見る人はまず足を止める。
【木造不動明王立像及び二童子立像】不動明王は像高255センチ、榧(かや)の寄木造り。木彫の不動明王としては日本一の大きさとされる。上下の牙を唇から出し、左右の目の高さを違える「天地眼(てんちがん)」で怒りを表し、背には迦楼羅焔(かるらえん)という炎を負う。脇には矜羯羅童子(こんがらどうじ、像高127センチ)と制吒迦童子(せいたかどうじ、像高130センチ)が従う。
【木造阿弥陀如来坐像】像高216センチ。檜の寄木造りで、体には漆と金箔が施されていた。今は金箔が落ち、黒い漆の下地が見えている。11世紀後半の定朝様式を伝える、収蔵庫の中心となる仏である。
【木造四天王立像】阿弥陀如来を囲んで東西南北を守る4躯。持国天(じこくてん、161センチ・東)、増長天(ぞうちょうてん、158センチ・南)、広目天(こうもくてん、166センチ・西)、多聞天(たもんてん、162センチ・北)。多聞天は毘沙門天(びしゃもんてん)とも呼ばれる財宝の神である。阿弥陀如来より後に、地元の仏師が彫ったと見られている。
【旧本堂の仁王像】江戸時代に再建された旧本堂には、樟でつくられた仁王像が立つ。阿形(あぎょう)が像高225センチ、吽形(うんぎょう)が240センチ。収蔵庫の平安仏とは時代も作風も違うので、見比べると面白い。
【訪ねかた】国宝の富貴寺(ふきじ)大堂まで車でおよそ7分と近い。田染荘(たしぶのしょう)の田園風景も広がっているので、国東半島の仏教文化をまとめて味わうなら半日ほど見ておくとよい。
学び・特徴
主祭神
阿弥陀如来
社格
天台宗/六郷満山 本山本寺八ヶ寺のひとつ 馬城山伝乗寺の堂宇と伝わる/所蔵仏像4件9躯は国指定重要文化財(昭和25年〈1950年〉指定)
創建
寺伝では養老2年(718年)、仁聞菩薩が馬城山伝乗寺を開いたと伝わる。真木大堂はその堂宇のひとつとされる。現在の旧本堂は江戸時代の再建、収蔵庫は昭和40年代の建築。
ご利益
厄除け
基本情報
住所
大分県豊後高田市田染真木1796
参拝時間
開館:8時30分から17時まで(年中無休)
※公式サイトには、5月から10月は17時30分まで開けているという案内もあります。夕方に訪ねる場合は事前確認を。
拝観料(令和8年4月1日から)
一般・高校生 500円
小・中学生 150円
30名以上の団体 大人400円・子ども120円
障がい者手帳の提示で半額
御朱印の授与があります。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【車】大分空港から約35分。JR日豊本線「宇佐駅」から約25分。「別府駅」から約50分。豊後高田市の昭和の町から約15分。国宝の富貴寺から約7分。
【駐車場】無料。バス5台、普通車30台。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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