この寺について
大谷寺(おおやじ)は、栃木県宇都宮市大谷町にある天台宗の寺院。山号は天開山(てんかいざん)。「大谷観音」の名で親しまれ、坂東三十三観音第19番札所として知られる。本尊は、天然の凝灰岩(大谷石)の岩壁に直接彫られた千手観音立像で、脇の岩壁にも釈迦三尊・薬師三尊・阿弥陀三尊とあわせて4組10体の磨崖仏(まがいぶつ)が刻まれている。これらは「大谷磨崖仏」として国の特別史跡と重要文化財の二重指定を受け、日本最古級の石仏として知られる。境内近くには、戦没者慰霊のために刻まれた高さ約27メートルの「平和観音」もある。
歴史・由来
大谷寺を理解する鍵は、弘法大師空海が開いたという古くからの言い伝えと、近年の学術研究が示す、それとは異なる創建像との、二つの見方があることにある。
寺に伝わる話では、弘仁元年(810)ごろ、東国を巡っていた弘法大師空海がこの地の毒蛇を退治し、村人を苦しみから救ったのち、岩山に千手観音の姿を彫ったのがはじまりという。彫り上がった千手観音は、脇に不動明王と毘沙門天を従えて金色に輝いていたと伝わる。
一方で、大谷磨崖仏を長年研究してきた研究者たちからは、彫刻されたのは奈良時代後期にさかのぼり、唐招提寺(とうしょうだいじ)を開いた鑑真(がんじん)の孫弟子にあたる僧たちが中心となって手がけた、国家的な事業だったのではないかとする説も示されている。千手観音像と伝薬師三尊像がもっとも古く、伝釈迦三尊像、伝阿弥陀三尊像の順に、平安時代中期から鎌倉時代にかけて段階的に彫り足されていったとみられている。
鎌倉時代には坂東三十三観音霊場の第19番札所と定められ、多くの巡礼者を迎えてきた。大谷磨崖仏は大正15年(1926)に国の史跡、昭和29年(1954)に特別史跡、昭和36年(1961)に重要文化財に指定され、日本ではじめて特別史跡と重要文化財の両方の指定を受けた石仏として知られている。
見どころ・特徴
洞窟の中に観音堂が建てられた、全国でも珍しい「洞穴寺院」。本堂の中では、岩壁に彫られた本尊の千手観音立像(像高およそ3.89メートル)を間近で見ることができ、岩肌と一体になった独特の姿は見ごたえがある。
境内近くには、太平洋戦争の戦没者を慰霊し、世界平和を祈って昭和29年(1954)に彫られた「平和観音」がそびえる。高さはおよそ27メートルで、こちらも地元でとれる大谷石から彫り出された近代の石仏である。
すぐそばには、大谷石の地下採掘場跡を公開する「大谷資料館」もある。広大な地下空間は幻想的な雰囲気で、あわせて訪れる人も多い。
大谷石は、宇都宮市大谷周辺で採れる凝灰岩で、加工のしやすさから古くから建築材料として全国に運ばれてきた。フランク・ロイド・ライトが設計した旧帝国ホテル(東京、現存せず)にも使われたことで知られ、日本の近代建築を語るうえでも欠かせない石材である。
【訪ねかた】
洞窟内は写真撮影に制限がある場所もあるので、係の人の案内に従うと安心して見学できる。近くの宇都宮二荒山神社(うつのみやふたあらやまじんじゃ)とあわせて訪ねるのもおすすめ。
学び・特徴
主祭神
千手観音(せんじゅかんのん、大谷磨崖仏の中央像。像高およそ3.89メートル)
社格
天台宗。山号は天開山(てんかいざん)。坂東三十三観音第19番札所。
創建
寺の伝えでは、弘仁元年(810)ごろ、弘法大師空海がこの地の毒蛇を退治したのち、岩山に千手観音を彫ったのがはじまりという。ただし、大谷磨崖仏を研究する学者からは、実際の制作は奈良時代後期にさかのぼり、鑑真の孫弟子筋にあたる僧たちによる国家的事業だったとする説も示されている。
ご利益
健康・病気平癒厄除け
テーマ
パワースポット山・登拝
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
栃木県宇都宮市大谷町1198
参拝時間
拝観時間は季節により異なり、4月から9月は8時30分から16時30分まで、10月から3月は9時から16時30分まで(受付は閉館の20分前まで)。拝観料は大人500円、中学生200円、小学生100円。木曜日(祝日の場合は営業)と12月26日から31日は休業。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR宇都宮線・東北新幹線「宇都宮」駅から、関東バスで「大谷観音前」下車すぐ。駐車場は20台分あり、参拝者は無料で利用できる。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
記録を確認中...