この神社について
滋賀県甲賀市土山町、東海道五十三次の第49番宿場「土山宿」に隣接する古社。
垂仁天皇の時代に倭姫命の生霊を「高座大明神」として鎮祭したのが起源とされ、平安初期に坂上田村麻呂の霊を合祀。鈴鹿峠を往来する旅人の守護神として崇められ、今日も開運厄除・交通安全の社として参拝者を集める。旧社格は県社。
歴史・由来
この社を理解する鍵は、鈴鹿峠を挟む「東と西の往来」にある。
起源は垂仁天皇45年にさかのぼる。甲可翁(こうかのおきな)なる人物が倭姫命の生霊を「高座大明神」として鎮祭したのが始まりとされ、鈴鹿峠を越える旅人の守護神として崇められてきた。
転機は平安時代初期。弘仁2年(811年)に坂上田村麻呂が没し、翌弘仁3年(812年)、嵯峨天皇の勅命によって鈴鹿峠の二子の峰に田村麻呂を祀る祭壇が設けられた。伝説によれば、田村麻呂が鈴鹿峠の悪鬼を平定した際に放った矢の落ちた場所が現在の本殿の地だという。弘仁13年(822年)には二子の峰の社がこの地に移され、「高座田村大明神」と称された。
天文年間(1532〜1555年)の兵火で嵯峨天皇宸筆の勅額が焼失する受難を経たが、寛永15年(1638年)に後水尾天皇から「正一位田村大明神」の勅額が下賜された。
江戸時代に東海道が整備されると、土山宿(東海道五十三次第49番)の鎮守として旅人の信仰をさらに集めた。参道の一部は東海道が通り、往来の人々が道中安全を祈願する場として栄えた。
明治5年(1872年)に「高座神社」と改称されたが、明治20年(1887年)に現社名「田村神社」に改称され今日に至る。
見どころ・特徴
【東海道が横切る境内】東海道五十三次の第49番宿場・土山宿に隣接し、参道の一部を東海道が通る。街道が整備される以前から存在した古社に後から道が敷かれた形であり、歴史の重なりを境内で感じられる。
【坂上田村麻呂伝説の地】鈴鹿峠の悪鬼を平定した田村麻呂が放った矢の落下地点に本殿が建てられたと伝わる。鬼退治伝説と史実が交差する場所として、武人信仰の象徴的な聖地となっている。
【開運厄除・交通安全の社】旅人の守護神として千年以上の歴史を持ち、現代も厄除け・交通安全の信仰が篤い。特に毎年2月の厄除大祭には多くの参拝者が訪れる。
年中行事・お祭り
【厄除大祭】例年2月18日を中心とした3日間。開運厄除を祈願する当社最大の行事で、多くの参拝者が訪れる。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
坂上田村麻呂嵯峨天皇倭姫命
社格
旧社格:県社
創建
社伝では垂仁天皇45年に甲可翁が倭姫命の生霊を「高座大明神」として鎮祭したのが起源。弘仁3年(812)に嵯峨天皇の勅命で鈴鹿峠の二子の峰に坂上田村麻呂を祀る祭壇を設置。弘仁13年(822)に現在地へ遷座し「高座田村大明神」と称した。明治20年(1887)に現社名に改称。
基本情報
住所
滋賀県甲賀市土山町北土山469
アクセス
JR草津線・近江鉄道「貴生川」駅からバスで約35分。または新名神高速道路「土山IC」から車で約5分。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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