TabiShiri
寺 御朱印浄土宗大本山 久留米市

善導寺

ぜんどうじ

別名:井上山 光明院 善導寺(いのうえさん こうみょういん ぜんどうじ)、大本山善導寺

この寺について
久留米市の東部、善導寺町にある浄土宗(じょうどしゅう)の大本山です。法然上人(ほうねんしょうにん)の弟子で、浄土宗の第二祖とされる聖光上人(しょうこうしょうにん)が開いた寺で、九州で浄土宗を広める拠点となりました。江戸時代の本堂と大門は国の重要文化財。境内には県の天然記念物に指定された大楠(おおくす)がそびえています。

歴史・由来

善導寺を理解する鍵は、法然の教えを九州に根づかせた聖光上人の「拠点」として生まれたことにあります。 【聖光上人と九州の念仏】 聖光上人(弁長〈べんちょう〉)は、法然上人に学んだ浄土宗の第二祖です。九州へ戻ってこの地に寺を開き、念仏の教えを広めました。伝承では、建久(けんきゅう)2年(1191年)にこの地を訪れた聖光が、紫色の光と伽藍の姿を見て寺を建てることを決めたといいます。実際に寺が開かれたのは、元久(げんきゅう)元年(1204年)ごろとも、承元(じょうげん)2年(1208年)ともいわれます。 【草野氏の支え】 寺を支えたのは、筑後の草野永平でした。永平が土地を寄進し、妻が田畑を寄せて僧たちの暮らしを助けたと伝えられます。はじめは「光明寺」と号し、建保(けんぽう)5年(1217年)に「善導寺」と改められました。 【焼失と復興】 戦国時代には戦火に遭い、天正(てんしょう)12年(1584年)には住職をはじめ多くの僧が命を落とす苦難もありました。江戸時代の初めに柳河藩主の田中氏が寺を復興し、のちに久留米藩主の有馬(ありま)氏の保護を受けます。天明(てんめい)6年(1786年)に建てられた本堂は、今も寺の中心です。 【大本山として】 昭和27年(1952年)、浄土宗の大本山となりました。今も九州の浄土宗の中心として親しまれています。

見どころ・特徴

【本堂と大門】 天明6年(1786年)建立の本堂と大門は、国の重要文化財に指定されています。 【鎌倉時代の祖師像】 木造善導大師(ぜんどうだいし)坐像と木造大紹正宗国師(だいしょうしょうしゅうこくし、聖光上人のこと)坐像は、どちらも鎌倉時代の作で国の重要文化財です。平安時代の紺紙金泥観普賢経(こんしきんでいかんふげんきょう)も重要文化財として伝わります。 【県指定の梵鐘と絵巻】 大きな梵鐘と、浄土宗の祖師の歩みを描いた本朝祖師伝記絵詞(ほんちょうそしでんきえことば)は、福岡県の指定文化財です。 【大楠と菩提樹】 境内には、県の天然記念物に指定された楠の巨木がそびえています。菩提樹も植えられていて、5月から6月にかけて小さな花を咲かせます。
学び・特徴
宗派・寺格
浄土宗大本山
創建
聖光上人の開創。開創年は元久元年(1204年)ごろ、または承元2年(1208年)とされる(建久2年〈1191年〉に聖光がこの地を訪れたという伝承もある)
テーマ
重要文化財巨木・御神木
基本情報
住所
福岡県久留米市善導寺町飯田550
アクセス
【電車】JR久大本線 善導寺駅から徒歩約10分 【バス】西鉄バス(20・23番)「善導寺」下車、徒歩約5分 【車】九州自動車道 久留米ICから約20分 【駐車場】あり
記念メダル

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参拝記録

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