この寺について
歴史・由来
大樹寺を理解する鍵は、「松平・徳川家の精神的な原点」という位置づけにある。
文明7年(1475)、松平親忠(ちかただ、家康の高祖父とされる)が、戦で亡くなった人々を供養するために開いたのが始まりと伝わる。以来、松平家の菩提寺として、初代親氏(ちかうじ)・2代泰親(やすちか)・3代信光(のぶみつ)・4代親忠・5代長親(ながちか)・6代信忠(のぶただ)・7代清康(きよやす)・8代広忠(ひろただ)の「松平八代」の墓が境内にある。家康自身の墓はここにはなく、日光東照宮・久能山東照宮にある。
永禄3年(1560)、桶狭間の戦いの後、当時まだ松平元康と名乗っていた家康は、大高城から逃れる途中で大樹寺に立ち寄り、自害しようとしたと伝わる。これを住職の登誉天室(とうよてんしつ)が「厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど、穢れた現世を厭い、極楽浄土を願うという意味)」の教えで諭し、家康は生き抜く決意を固めたとされる。この言葉は後に家康の馬印となった。
徳川幕府を通じて、徳川将軍家の菩提寺として手厚く保護され、境内の位牌堂には初代家康から14代家茂(いえもち)までの位牌が並ぶ(15代慶喜は将軍を退いた後も存命だったため対象外)。これらの位牌は、それぞれの将軍が亡くなった時の身長と同じ高さで作られているという珍しい特徴がある。
本堂・山門からは、南へ約3km離れた岡崎城の天守を一直線に望むことができ、「ビスタライン」として知られる。家康の遺命により、岡崎城と大樹寺の間に高い建物を建てないという景観保全の慣行が今も続けられている。
学び・特徴
宗派・寺格
松平家・徳川将軍家の菩提寺
創建
文明7年(1475年)
基本情報
住所
愛知県岡崎市鴨田町字広元5-1
参拝時間
9時から16時まで(拝観受付は15時30分まで)
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
名鉄「東岡崎」駅北口バスターミナルから「大樹寺」下車、徒歩約7分。直接歩く場合は徒歩約30分、車で約10分。
愛知環状鉄道「大門」駅から徒歩約17分。
駐車場あり(乗用車300円/60分、24時間最大500円。バスは要事前連絡)。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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