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神社 御朱印旧社格は府社とされます。 大阪市中央区

玉造稲荷神社

たまつくりいなりじんじゃ

この神社について
大阪市中央区玉造にある稲荷神社です。社伝では垂仁天皇(すいにんてんのう)18年の創祀と伝わり、勾玉(まがたま)をつくる人びとが住んだ「玉造」の地名の発祥の地とされます。豊臣秀頼が慶長8年(1603)に社殿を再建した縁があり、境内には秀頼ゆかりの胞衣塚(えなづか)や奉納鳥居が残ります。

歴史・由来

この神社を理解する鍵は、「玉づくりの里」と「大坂城」という二つの顔を持つことです。 社伝では、垂仁天皇(すいにんてんのう)18年の秋に祀られたと伝わります。この一帯は、勾玉(まがたま)などの玉をつくる玉作部(たまつくりべ)の人びとが住んだ土地とされ、「玉造」という地名の由来の地として知られます。 用明天皇2年(587)には、聖徳太子が物部守屋(もののべのもりや)との戦いの前にここで祈願し、勝利したという伝承があります。太子が観音堂を建てたとも伝わります。 戦国時代、天正4年(1576)の戦火に遭ったとされます。のちに豊臣秀吉が大坂城を築くと、社の土地の大部分は三の丸や城下町に組み込まれました。慶長8年(1603)には秀頼が社殿を再建しています。 その後、大坂の陣で社殿は焼失しましたが、元和5年(1619)に再建されたとされます。江戸時代は大坂城の鎮守として信仰を集め、伊勢参りで西へ向かう人びとの玄関口としてもにぎわいました。 文久3年(1863)の大火のあと、明治4年(1871)に再建されました。昭和20年(1945)の戦災でふたたび焼けましたが、昭和29年(1954)に現在の社殿が再建されて今にいたります。

見どころ・特徴

【豊臣秀頼公胞衣塚大明神(えなづかだいみょうじん)】秀頼が生まれたときの胞衣(えな)を納めたと伝わる塚です。胞衣とは、赤ちゃんが生まれるときに一緒に出てくる膜や胎盤のことで、昔は大切に埋めて祀りました。夜泣きに霊験があるとされます。 【豊臣家奉納の石鳥居】慶長8年(1603)に秀頼が社殿を再建したときのものとされ、戦災をくぐり抜けて残っています。大坂城の歴史を今に伝える貴重な遺構です。 【末社めぐり】厳島神社(いつくしまじんじゃ)、万慶稲荷(まんけいいなり)、新山稲荷(しんやまいなり)、梅薬師などの小さな社が境内に点在します。 【利休井(りきゅうのい)と茶室】境内には千利休ゆかりの井戸と、茶室の豊玉庵(ほうぎょくあん)があります。 【難波・玉造資料館】玉造の歴史や、玉をつくっていた古代のくらしを学べる資料館です。 【秀頼公の銅像と伊勢参りの起点碑】秀頼公の銅像や、江戸時代に伊勢参りの旅立ちの地だったことを伝える碑があります。 【御朱印】授与があります。1月1日から15日の干支(えと)の御朱印、2月の梅の御朱印、夏祭りや新嘗祭(にいなめさい)の日の特別御朱印など、時期ごとの限定御朱印が用意されます。
年中行事・お祭り
【歳旦祭(さいたんさい)】例年1月1日。新年の最初の祭典です。 【初午祭(はつうまさい)】例年2月の最初の午(うま)の日。稲荷神社にとって大切な日で、2月は梅の御朱印も授与されます。 【夏祭り】例年7月15日から16日ごろ。限定の御朱印もあります。 【新嘗祭(にいなめさい)】例年11月23日。その年の収穫に感謝する祭りです。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)下照姫命(したてるひめのみこと)稚日女命(わかひるめのみこと)月読命(つくよみのみこと)軻遇突智命(かぐつちのみこと)
社格
旧社格は府社とされます。
創建
社伝では垂仁天皇18年の創祀
ご利益
商売繁盛五穀豊穣
テーマ
豊臣秀頼稲荷神社
基本情報
住所
大阪府大阪市中央区玉造2-3-8
アクセス
大阪メトロ長堀鶴見緑地線「玉造」駅から徒歩約5分。JR大阪環状線・大阪メトロ中央線「森ノ宮」駅から徒歩約6分。JR大阪環状線「玉造」駅からは徒歩約10分です。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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