この寺について
正式名「矢田山金剛山寺」、通称「矢田寺」。寺伝では白鳳4年(675)、天武天皇の勅願によって智通僧正が開いたとされる。「あじさい寺」として全国的に知られ、6月から7月には約60種1万株のあじさいが境内を彩る。本尊の木造地蔵菩薩立像は重要文化財。
歴史・由来
矢田寺(やたでら)を理解する鍵は、「智通僧正による創建」と「満米上人(まんべいしょうにん)が地獄で結んだ地蔵菩薩との縁」という、ふたつの出来事が今の矢田寺の姿を形づくっている点にある。
正式名は矢田山金剛山寺(やたさんこんごうせんじ)。寺伝によれば、大海人皇子(おおあまのみこ、後の天武天皇)が壬申の乱の戦勝を祈願して矢田山に登り、即位後の白鳳4年(675)、勅願によって入唐僧の智通僧正(ちつうそうじょう)がこの地に開いたという。開創年については、天武天皇5年(676)や679年とする史料もある。創建当初は七堂伽藍・四十八坊を数える大寺で、本尊には十一面観音菩薩(じゅういちめんかんのんぼさつ)と吉祥天(きっしょうてん)が祀られていたと伝わる。
寺の性格を大きく変えたのが、平安時代初期、弘仁年間(810~824)に中興したと伝わる満米上人である。「矢田地蔵縁起(やたじぞうえんぎ)」によれば、地獄で亡者を裁く閻魔大王(えんまだいおう)が、世に苦しみが満ちていることを憂え、朝廷の官人・小野篁(おのたかむら)に相談した。篁は矢田寺の満米上人を推薦し、上人は地獄へ案内される。そこで満米上人は、鉄の釜で苦しむ亡者たちを救い出す一人の僧の姿を目にする。それこそが地蔵菩薩で、「現世に戻って私の像をつくり、祀りなさい。そうすれば命あるものすべてを救うことができる」と告げたという。満米上人はこの約束にもとづいて地蔵菩薩像をつくり、本尊として祀った。以来、矢田寺は地蔵信仰の中心地として知られるようになった。
現在の本尊・木造地蔵菩薩立像(重要文化財、平安時代)はこの伝承にもとづく地蔵像で、地獄に堕ちた人を救う地蔵として、数少ない縁起を持つ像だと伝わる。本堂は奈良県指定有形文化財で、「矢田地蔵縁起」を描いた絵画も寺の文化財として伝えられている。
近代以降は「あじさい寺」としての顔も持つようになり、6月から7月にかけて境内を彩る約60種1万株のあじさいが、全国から参拝者を集めている。
学び・特徴
本尊
地蔵菩薩
宗派・寺格
高野山真言宗別格本山
創建
白鳳4年(675)、天武天皇の勅願により智通僧正が開いたと伝わる(開創年には676年・679年とする異説もある)
テーマ
あじさい
基本情報
住所
奈良県大和郡山市矢田町3549
参拝時間
8時30分から17時まで。拝観は通常無料だが、あじさいの時期(6月上旬から7月上旬)のみ有料(大人700円、小学生300円)。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
近鉄橿原線「郡山」駅から奈良交通バスで約20分、「矢田寺」バス停下車徒歩約5分。JR大和路線を使う場合は「大和小泉」駅からタクシーで約10分。あじさいの時期には近鉄郡山駅・JR法隆寺駅から臨時バスが運行される。有料駐車場あり(約500台)。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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