TabiShiri
寺天台宗。正式名は小倉山二尊教院華台寺。 京都市右京区

二尊院

にそんいん

別名:小倉山二尊教院華台寺

この寺について
京都市右京区嵯峨の小倉山のふもとにある、天台宗(てんだいしゅう)の寺院です。正式名は小倉山二尊教院華台寺といいます。発遣(はっけん)の釈迦如来と、来迎(らいごう)の阿弥陀如来、二つの如来をまつることから「二尊院」と呼ばれます。総門から続く参道は、平安時代から紅葉の名所として知られています。

歴史・由来

【この寺を知る鍵は「送り出す仏と、迎える仏が並ぶ本尊」】 二尊院という名は、本堂の中央に釈迦如来と阿弥陀如来の二つの如来像がまつられていることに由来します。向かって右が釈迦如来、左が阿弥陀如来です。釈迦如来は、この世から浄土へ旅立つ人を送り出す「発遣」の仏、阿弥陀如来は、浄土で迎える「来迎」の仏とされ、あわせて「遣迎二尊(けんごうにそん)」と呼ばれます。 寺の始まりは、承和(じょうわ)年間(834〜848年)に、嵯峨天皇の願いを受けた円仁(えんにん、慈覚大師)が開いたと伝えられます。ただし、資料によって説明が異なり、開山を法然(ほうねん)とするものもあります。初めは、天台・真言・律・浄土の四つの教えをあわせて学ぶ寺でした。 その後、荒れていた寺を、法然上人とその弟子の湛空(たんくう)らが、九条兼実(くじょうかねざね)の協力を得て再興したとされます。法然が住んでからは、念仏の根本道場として知られるようになりました。 応仁の乱で焼けたあとは、三条西実隆(さんじょうにしさねたか)らの力で再興され、大永元年(1521)に再建されたと伝えられます。本堂の「二尊院」の額は、再建のときに後奈良天皇が書いたとされます。総門は、伏見城にあった薬医門を、慶長18年(1613)に角倉了以(すみのくらりょうい)が移したものと伝わります。 明治になって現在の天台宗となり、平成28年(2016)には約350年ぶりの大きな改修が行われました。

見どころ・特徴

【遣迎二尊像(けんごうにそんぞう)】 本堂の中央にまつられる本尊で、国の重要文化財です。鎌倉時代の木造で、春日仏師(かすがぶっし)の作と伝わります。 【紅葉の馬場】 総門を入って正面にのびる、ゆるやかな坂の参道です。約100メートルにわたってモミジとサクラが交互に植えられています。平安時代から紅葉の名所として知られ、見頃は例年11月中旬から下旬ごろです。夏は青もみじが重なり、緑のトンネルのような景色になります。 【総門と勅使門】 総門は、伏見城の薬医門を移したもので、京都市の指定文化財です。勅使門(唐門)は、かつて天皇の使いだけが通れた門です。 【時雨亭(しぐれてい)の跡】 山腹には、藤原定家(ふじわらのていか)の山荘「時雨亭」の跡とされる石積みがあります。定家は、この地で百人一首の元になる歌を選んだと伝えられます。山荘の場所は、二尊院と常寂光寺のあいだあたりと推定されています。 【法然上人廟と墓所】 法然上人廟があります。境内には、角倉了以・素庵(そあん)父子や、伊藤仁斎(いとうじんさい)・東涯(とうがい)父子の墓もあります。 【茶室「御園亭」】 後水尾天皇(ごみずのおてんのう)の皇女の御化粧之間(おけしょうのま)を移した茶室で、春と秋の一定の期間に利用できます。利用の前に、寺へご確認ください。 【嵯峨野の散策】 近くに常寂光寺があり、あわせて訪ねると嵯峨野の秋をゆっくり楽しめます。
学び・特徴
本尊
釈迦如来阿弥陀如来
宗派・寺格
天台宗。正式名は小倉山二尊教院華台寺。
創建
承和年間(834〜848年)に、嵯峨天皇の願いを受けた円仁(慈覚大師)が開いたと伝わる。開山を法然とする資料もある。
この場所を巡る軸
基本情報
住所
京都府京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町27
参拝時間
9時から16時30分(受付終了)。 拝観料は中学生以上600円、小学生以下は無料です。 時間や料金は変更される場合があります。お出かけ前に公式サイトでご確認ください。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
京福電鉄嵐山線「嵐山」駅から徒歩約15分。 JR山陰本線「嵯峨嵐山」駅から徒歩約15分から20分。 バスの場合は「嵯峨釈迦堂前」で降りて、徒歩約10分です。 駐車場は10台分(無料)との情報がありますが、公共交通機関でのお出かけがおすすめです。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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