この寺について
宝亀元年(770)、鑑真(がんじん)の高弟・鑑禎(がんてい)が毘沙門天を安置したのが始まり。延暦15年(796)には藤原伊勢人(ふじわらのいせと)が観音堂を建て、両尊を併せまつる伽藍が整えられた。鞍馬山(標高584m)の中腹に建つ山岳寺院で、「鞍馬の天狗」の伝説や、源義経(牛若丸)が幼少期に修行した地として全国的に知られる。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、毘沙門天と観音という2つの信仰が、ひとつの山でどのように結びついたかにある。
宝亀元年(770)、鑑真(がんじん)が唐から連れてきた弟子の一人、鑑禎(がんてい)が、夢のお告げと白馬の導きによって鞍馬山に登り、毘沙門天をまつる草庵を結んだ。これが鞍馬寺の始まりと伝わる。
その後、延暦15年(796)、藤原伊勢人(ふじわらのいせと)が観音菩薩をまつる堂を建てようと同じ山に登ったところ、「毘沙門天も観音も、もとは一つのものである」という夢のお告げを受けた。これにより両尊を併せまつる伽藍が整えられた。
平安時代には、京都の北を守る「北方鎮護」の聖地として、朝廷や貴族の篤い崇敬を受けた。「鞍馬の天狗」は、この鞍馬山に住むとされる伝説の天狗である。
源義経(牛若丸、1159〜1189)が幼いころに預けられ、7歳から10年ほど修行したと伝わる寺としても全国的に有名。鞍馬山の天狗から武芸を学んだという伝説が語り継がれている。
昭和22年(1947)、当時の管長・信樂香雲(しがらきこううん)が、鞍馬寺に伝わる信仰を統一して「鞍馬弘教(くらまこうきょう)」と名づけ、昭和24年(1949)に鞍馬寺はその総本山となった。
本尊は「尊天(そんてん)」と呼ばれ、毘沙門天王・千手観世音菩薩・護法魔王尊(ごほうまおうそん)の三身一体とされる。それぞれ光・愛・力を象徴し、あらゆる生命を生かす宇宙のエネルギーを表すという、鞍馬弘教独自の教えである。護法魔王尊については、はるか太古に天から降り立ったという伝承も伝わっており、鞍馬山の神秘的な信仰の奥深さを物語っている。
見どころ・特徴
「仁王門」は参道入口に立つ朱塗りの門。
「九十九折参道(つづらおりさんどう)」は本殿までの長い登山道。途中には「魔王の滝」「由岐神社(ゆきじんじゃ、もとは鞍馬寺の鎮守社)」など、見どころが連なる。
「本殿金堂」には本尊「尊天」をまつる。本殿前にある「金剛床(こんごうしょう)」は星形の石畳で、大自然の気が集まる場所とされ、近年は若い参拝者にも人気が高い。
「奥之院魔王殿」は鞍馬山の奥、本殿からさらに徒歩約60分の場所にある修行の聖地。
「義経堂」は源義経をまつる堂。「背比べ石」「不動堂」など、義経ゆかりの聖跡が境内に点在する。
貴船神社まで、鞍馬山を越えるハイキングコースが続いており、両方を巡る「鞍馬から貴船へ」の半日コースが京都北部の定番となっている。
年中行事・お祭り
【五月満月祭(うえさくまつり、ウエサク祭)】例年5月の満月の夜に営まれる秘儀。釈迦の生誕・悟り・入滅がインド暦の同じ満月の夜だったという伝承にちなみ、本尊「尊天」に祈りを捧げる。
【鞍馬の火祭】隣接する由岐神社の祭礼で、例年10月22日に営まれる京都三大奇祭のひとつ。鞍馬寺そのものの行事ではないが、参道一帯が松明の炎で彩られ、鞍馬山を訪ねる大きな理由のひとつになっている。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
毘沙門天王千手観世音菩薩護法魔王尊
社格
鞍馬弘教総本山
創建
宝亀元年(770、鑑禎による開創)/延暦15年(796、藤原伊勢人による堂宇整備)
ご利益
厄除け勝負運
テーマ
パワースポット紅葉山・登拝
この場所を巡る軸
基本情報
住所
京都府京都市左京区鞍馬本町1074
参拝時間
本殿金堂の拝観は9時から16時15分ごろまで。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
叡山電鉄鞍馬線「鞍馬」駅から仁王門まで徒歩約3分。仁王門から本殿までは、鞍馬山鋼索鉄道(ケーブルカー、片道大人200円・小学生以下100円、8時40分から16時20分まで20分おきに運行)を利用して多宝塔駅まで上り、そこから本殿まで徒歩約10分。徒歩の場合は九十九折参道を約25分から30分。愛山費として500円が必要。寺に専用駐車場はなく、周辺の駐車場を利用する。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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