この寺について
正式名「真宗本廟」。浄土真宗大谷派の本山。慶長7年(1602)、徳川家康が西本願寺の分離独立を促して建立。御影堂は世界最大級の木造建造物の一つ。
歴史・由来
正式名「真宗本廟(しんしゅうほんびょう)」。浄土真宗大谷派の本山。「お東さん」の愛称。
慶長7年(1602)、徳川家康が、西本願寺の勢力分断を企図して、本願寺11代法主・教如(きょうにょ)に新たな本願寺の建立を促した。教如は東山の烏丸七条の地(現在地)に新本願寺を建立、これが東本願寺の起源。
教如は、本能寺の変直後の天正10年(1582)、織田信長との対立で本願寺を一時退出した経緯があり、その後、徳川家康に協力する形で東西分立に至った。
東西分裂は、徳川幕府の宗教統制戦略の一環として、浄土真宗を分断する政治的事件として知られる。
その後、明治・大正・昭和を通じて、東西両本願寺は別の宗派(西=本願寺派、東=大谷派)として独自に発展。
明治期から大正期にかけて、東本願寺は何度も火災に遭った。明治28年(1895)、現在の御影堂が再建。間口約76m、奥行約58m、高さ約38mの巨大堂宇は、世界最大級の木造建造物の一つ。
基本情報
住所
京都府京都市下京区烏丸通七条上る
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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