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神社 御朱印 隠岐郡西ノ島町

由良比女神社

ゆらひめじんじゃ

この神社について
隠岐諸島の島前(どうぜん)・西ノ島に鎮座する式内社(延喜式神名帳に「名神大社」として記載)。隠岐国は例外的に一宮が二社ある国で、水若酢神社(島後)と並んで隠岐国一宮とされる。「イカ寄せの浜」として知られ、毎年秋、イカの大群が境内前の浜に打ち上げられるという不思議な伝承で全国的に有名。

歴史・由来

由良比女神社(ゆらひめじんじゃ)を理解する鍵は、「イカ寄せ伝説」という不思議な言い伝えの奥に、格式高い古社としての歴史が積み重なっているという点にある。 創建の時期ははっきりしないが、記録の上では仁明天皇の承和9年(842)、『続日本後紀(しょくにほんこうき)』に「隠岐国智夫郡(ちぶぐん)由良比女命神、官社(かんしゃ)に預かる」と記されたのが最も古い。延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)には「由良比女神社」として、最も格の高い「名神大社(みょうじんたいしゃ)」に列せられている。隠岐国では、この由良比女神社(島前)と水若酢神社(みずわかすじんじゃ、島後)の2社がともに「隠岐国一宮」とされており、一国に一宮が一社という通例からすると珍しい国である。 社伝によれば、由良比女神社はもともと隣の知夫里島(ちぶりじま)の「いか浜」にあったが、現在の西ノ島・浦郷(うらごう)へ移された。すると、いか浜にはイカが寄らなくなり、代わりにこの浦郷の浜へイカの大群が押し寄せるようになったのだという。もう一つの言い伝えでは、由良比女命が芋桶(いもおけ)に乗って海を渡った際、イカが手や足に絡みついたり噛みついたりしたため、そのお詫びとして毎年イカが寄せるようになった、とも語られている。 江戸時代中期には社殿が「古びて朽ち果てたよう」と記録されるほど衰えていたが、安永2年(1773)に復興され、明治時代には郷社に列せられて社殿が新築された。現在の本殿は昭和22年(1947)に改築されたもので、春日造(かすがづくり)に近い形式を今に伝えている。

見どころ・特徴

【いか寄せの浜】境内前の浜は「いか寄せの浜」と呼ばれ、毎年10月から2月ごろにかけてイカの大群が押し寄せるという言い伝えで全国的に知られる。ただし近年は漁が盛んになったこともあり、実際に大量のイカが打ち上げられるところを見られる機会は少なくなっている。 【海に面した社殿と海上の鳥居】海のすぐそばに社殿が構え、海上には鳥居が立つ独特の景観が広がる。小さな社ながら、海と信仰が一体となった雰囲気を味わえる。 【隠岐ジオパークの絶景と合わせて】近くには「摩天崖(まてんがい)」「国賀海岸(くにがかいがん)」など隠岐ユネスコ世界ジオパークの絶景ポイントがあり、あわせて訪ねると西ノ島の魅力を存分に楽しめる。
年中行事・お祭り
【由良の大祭り】隔年(西暦偶数年)の7月最終の土曜・日曜に開催。相撲の奉納に続き、夕方から約250人が担ぐ大神輿が船着場まで練り歩き、神輿を乗せた神船が浦郷湾をゆっくりと巡る海上渡御(とぎょ)が行われる。翌日には還幸式(かんこうしき)が行われる。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
由良比女命
社格
式内社(延喜式神名帳「由良比女神社 名神大」)|隠岐国一宮(水若酢神社と並ぶ。隠岐国は一宮が二社ある例外的な国)|明治時代に郷社
創建
創建年代は不詳。社伝では隣の知夫里島から現在地へ遷座したと伝わる。史料上の初見は承和9年(842)『続日本後紀』
ご利益
大漁満足海上安全
テーマ
イカ寄せ伝説
基本情報
住所
島根県隠岐郡西ノ島町浦郷922-1
参拝時間
境内は常時参拝できる。御朱印は神社では授与しておらず、西ノ島町観光協会の窓口(8時30分から17時30分まで、年中無休。年末年始は時間が変わる場合がある)でいただける。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
西ノ島・別府港から車で約10分。町営バスで約25分、「由良比女神社」バス停下車。徒歩では約90分かかる。駐車場あり。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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