この神社について
島根県の沖およそ60キロに浮かぶ隠岐諸島(おきしょとう)の島後(どうご)にある、隠岐国(おきのくに)の一宮(いちのみや=その国でいちばん格の高い神社)。主祭神は水若酢命(みずわかすのみこと)で、古くから海の守り神として島の人たちに敬われてきた。平安時代の法令集『延喜式(えんぎしき)』にも名前が載る、千年以上前から続く古い神社である。本殿は寛政7年(1795)に建てられたもので、隠岐にしかない「隠岐造(おきづくり)」という様式。茅葺(かやぶき)の屋根が正面にどんと構える姿が印象的で、国の重要文化財に指定されている。2年に一度おこなわれる例大祭「水若酢神社祭礼風流(さいれいふうりゅう)」は隠岐三大祭のひとつで、流鏑馬(やぶさめ)や古い形の獅子舞(ししまい)が奉納される。境内には古墳も残っており、この土地が古代から特別な場所だったことがわかる。
歴史・由来
この神社を理解する鍵は、「本土から遠く離れた島で、千年以上ずっと一番の神社であり続けた」という点にある。
隠岐は、島根半島の沖合およそ60キロに浮かぶ島々である。今でこそフェリーや飛行機で行けるが、昔は日本海の荒波を越えなければたどり着けない、まさに海の向こうの土地だった。それでも隠岐は独立した一つの国(隠岐国)として扱われ、国府が置かれ、役人が派遣されていた。その隠岐国で最も格の高い神社が、この水若酢神社である。
はっきりした創建の年はわかっていない。ただ、平安時代の延長5年(927)にまとめられた法令集『延喜式(えんぎしき)』の神名帳(じんみょうちょう=全国の主な神社のリスト)に、「水若酢命神社(みずわかすのみことじんじゃ) 名神大(みょうじんだい)」として載っている。「名神大」というのは、当時のリストの中でも特に重要とされた神社につけられる格付けである。つまり10世紀の時点ですでに、都の朝廷が把握するほどの有力な神社だったということになる。
主祭神の水若酢命は、『古事記』にも『日本書紀』にも出てこない。この土地だけで祀られてきた、いわば隠岐の地元の神である。名前の意味もはっきりわかっていない。「ミズ」は水のことか、それとも「瑞(みず=みずみずしい、めでたい)」という褒め言葉かで意見が分かれ、「ワカス」にいたっては定説がない。名前の由来すらわからないほど古い、ということでもある。日本海の海上を守り、北の方角から来るものを防ぐ神と伝えられてきた。
明治時代には国幣中社(こくへいちゅうしゃ)という高い社格を与えられ、現在は神社本庁の別表神社(べっぴょうじんじゃ=特に由緒ある神社として別に扱われる神社)になっている。
今立っている本殿は、寛政7年(1795)に建てられたものである。この建物が特別なのは、「隠岐造」という隠岐にしかない形式だからだ。茅葺の切妻(きりづま)屋根を正面に向けて建てる大きな社殿で、飾りの組物(くみもの)をあえて省いてある。だから華やかではないが、そのぶん素朴で力強い。しかもこの本殿は、建てたときの棟札(むなふだ)8枚と工事の記録6冊がそろって残っている。いつ、だれが、どうやって建てたかがわかる神社建築はそう多くない。この資料的な価値もあわせて、平成4年(1992)1月21日に国の重要文化財に指定された。
さらに境内には古墳時代後期の古墳が残っている。神社が建つよりずっと前から、この場所は有力者が眠る特別な土地だった。古墳の上に社が営まれ、それが国の一番の神社になっていく。隠岐という島の歴史が、この境内に何層にも重なっている。
見どころ・特徴
【本殿(国の重要文化財)】寛政7年(1795)建立。「隠岐造(おきづくり)」という隠岐だけの様式で、茅葺(かやぶき)の切妻(きりづま)屋根を正面に向けた、どっしり大きな社殿。柱の上にのせる飾りの組物(くみもの)を省いているので、見た目は地味だが太い木組みがそのまま見えて力強い。同じ島にある玉若酢命神社(たまわかすみことじんじゃ)の本殿と似た形なので、両方をまわると隠岐造の特徴がよくわかる。
【茅葺屋根】本殿の屋根は今も茅葺。全国的にも茅葺の本殿は減っているので、材料も葺き替えの技術も守り続けていること自体が貴重である。
【棟札と普請文書】本殿といっしょに、建てたときの棟札(むなふだ)8枚と工事の記録6冊が重要文化財の一部として指定されている。「いつ・だれが・いくらで建てたか」が残っている神社は珍しく、建築史の研究者にとって隠岐の神社建築を知る基準になっている。
【随神門(ずいじんもん)】文化8年(1811)の造営。参道を進むと現れる門で、本殿より少し新しい。
【拝殿】大正元年(1912)の造営。参拝はここでおこなう。
【水若酢神社古墳群】境内に古墳時代後期の古墳が残っている(現在は2基)。神社が成立するより前からここが特別な場所だったことを示す遺跡で、社殿と古墳が同じ敷地にある光景はなかなか見られない。
【流鏑馬(やぶさめ)の馬場】祭礼で流鏑馬がおこなわれる直線の参道。祭りの日でなくても、その長さを歩くと神事の規模が想像できる。
【静かな時間が流れる】観光客でにぎわう場所ではなく、普段はとても静かである。参拝そのものは短時間で終わる。それでも、島の一宮として千年以上守られてきた場所の空気は、本土の有名神社とはまったく違う。隠岐を訪ねるならここは外せない。
年中行事・お祭り
【水若酢神社祭礼風流(さいれいふうりゅう)】例年5月3日、西暦の偶数年に開催。2年に一度だけおこなわれる例大祭で、隠岐三大祭のひとつ。神輿(みこし)を山車(だし)に乗せて曳く「山曳神事(やまひきしんじ)」、古い形を伝える獅子舞(ししまい)、流鏑馬(やぶさめ)が奉納される。昭和48年(1973)3月30日に島根県の無形民俗文化財に指定された。開催されない年(奇数年)は通常の例祭のみとなるため、祭りを目的に行くなら開催年かどうかの確認が必須。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
水若酢命(みずわかすのみこと)中言命(なかごとのみこと)鈴御前(すずのごぜん)
社格
隠岐国一宮。『延喜式』神名帳に「水若酢命神社 名神大」として載る式内社(しきないしゃ)。旧社格は国幣中社(こくへいちゅうしゃ)。現在は神社本庁の別表神社。本殿は国の重要文化財(平成4年〈1992〉1月21日指定)。
創建
創建年は不詳。延長5年(927)にまとめられた『延喜式』神名帳にすでに記載があり、平安時代以前から鎮座していたとされる。現在の本殿は寛政7年(1795)の建立。
ご利益
海上安全厄除け
テーマ
一宮式内社重要文化財古墳
基本情報
住所
島根県隠岐郡隠岐の島町郡723
参拝時間
境内は自由に参拝できます。拝観料はかかりません。御朱印は社務所での対応となりますが、常時対応しているとは限りません。確実に受けたい場合は、事前に神社へお問い合わせのうえお出かけください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
隠岐諸島の島後(どうご)にあります。本土からは七類港(島根県松江市)または境港(鳥取県境港市)からフェリー・高速船で西郷港(さいごうこう)へ、あるいは出雲空港から隠岐空港(隠岐世界ジオパーク空港)へ空路で入ります。西郷港からは路線バスで約40分、「水若酢神社前」下車すぐ。レンタカーの場合も西郷港から島の北西へ向かって走ります。島内のバスは本数が少ないので、事前に時刻表を確認してください。駐車場の有無・台数は公式に確認できていません。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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