この城について
別名「県城」「亀井城」。慶長8年(1603)、高橋元種が築城。「千人殺しの石垣」と呼ばれる扇形の高石垣で有名。続日本100名城#195。
歴史・由来
別名「県城(あがたじょう)」「亀井城」。慶長8年(1603)、高橋元種(たかはしもとたね、戦国大名・高橋紹運の子)が築城。
築城後すぐ高橋氏が改易、慶長20年(1615)以降、有馬・三浦・牧野・内藤と城主が変遷、明治維新まで内藤氏が治めた。
「千人殺しの石垣」と呼ばれる、扇形の高石垣で全国的に有名。要石(かなめいし)を抜くと石垣が崩落し、敵兵千人を殺せると伝わる、戦国築城技術の伝承。
見どころ・特徴
JR日豊本線「延岡」駅徒歩約20分。
「千人殺しの石垣」は、城のシンボル。扇形に積み上げられた高石垣の壮観さは、見る者を圧倒する。
「天守台」など、本丸の遺構が良好に残る。
桜の名所として、3月下旬の桜が美しい。
近隣の「高千穂峡」「日向灘」と組み合わせて、宮崎北部の魅力を堪能できる。
基本情報
住所
宮崎県延岡市本小路
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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