この神社について
国道246号(玉川通り)に近い高台にある、旧上目黒村(かみめぐろむら)の鎮守(ちんじゅ)です。急な石段を上った境内には、江戸時代の富士塚「目黒元富士(めぐろもとふじ)」から移された浅間神社(せんげんじんじゃ)の祠と、富士登山を模した登山道があります。
歴史・由来
この社(やしろ)を理解する鍵は、江戸時代の富士山信仰の記憶を、いまの境内に引き継いでいることです。
創建は、天正年間(1573〜1592年)と伝わります。上目黒村の旧家だった加藤氏が、ここに祀ったとされ、以後、村の鎮守として崇敬されてきました。祭神は素戔嗚命(すさのおのみこと)を主神とし、天照大神(あまてらすおおみかみ)と菅原道真(すがわらのみちざね)も祀っています。
神社の南側には、江戸と大山(おおやま)を結ぶ大山道(おおやまみち)が通っていました。いまの国道246号です。境内の石段は文化13年(1816年)に小松石(こまついし)で造られました。明治38年(1905年)に大山道が改修されると、境内の前が削られ、いまの急な石段になりました。
この近くには、もう一つ大切な場所がありました。文化9年(1812年)に、目黒村の富士講(ふじこう)の人びとが築いた「目黒元富士」です。高さは約12メートルで、頂上に浅間神社が祀られ、丸旦山(まるたんやま)とも呼ばれました。江戸の人びとが、春と秋に行楽で訪れたといわれます。
明治11年(1878年)、元富士の宮と鳥居は撤去されました。そのとき、富士講の印である丸旦のマークの碑石や、浅間神社の祠が、この氷川神社の境内に移されました。
いまも境内には登山道があり、「目黒富士」と呼ばれています。つまりここは、なくなった富士塚の祈りを、境内で受け継ぐ神社です。
見どころ・特徴
【急な石段】国道246号から、石段を上った先に社殿があります。文化13年(1816年)に造られた石段が、もとになっています。
【石段下の碑】石段の改修を記念する碑、「武州荏原郡古菅刈庄目黒郷」と刻まれた碑、天保13年(1842年)の大山道の道標(どうひょう)があります。
【浅間神社と目黒富士】境内の左の斜面に、登山道が設けられています。目切坂(めきりざか)上の目黒元富士から移された、浅間神社の石祠(せきし)と碑があります。
【山開き】毎年7月1日に、浅間神社の例祭と山開きが行われます。
年中行事・お祭り
【浅間神社の例祭・山開き】毎年7月1日。富士山の山開きにあわせて、境内の登山道が使われます。
【例大祭】8月の第4土曜日・日曜日。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
素戔嗚命天照大神菅原道真公
社格
旧上目黒村の鎮守
創建
天正年間(1573〜1592年)に、上目黒村の旧家の加藤氏が祀ったと伝わる
テーマ
富士塚富士信仰祭り
基本情報
住所
東京都目黒区大橋2-16-21
参拝時間
境内は自由に参拝できるとされています。授与所の受付時間は、お出かけ前にご確認ください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
東急田園都市線の池尻大橋駅から徒歩約5分、中目黒駅から徒歩約15分です。国道246号(玉川通り)から、急な石段を上った先にあります。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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