この城について
長崎県対馬市にある古代山城(こだいさんじょう)の跡。天智天皇6年(667年)、白村江(はくすきのえ)の戦い(663年)での敗戦を受け、唐・新羅(しらぎ)の侵攻に備えて築かれた。昭和57年(1982年)に国の特別史跡に指定され、続日本100名城の第186番に選ばれている。石塁(せきるい)や城門の遺構が良好に残るほか、日露戦争期の砲台跡も残る、古代から近代にいたる国防の歴史を伝える城跡。
歴史・由来
この城を理解する鍵は、対馬という土地そのものが、古代から近代まで一貫して国境防衛の最前線であり続けたという点にある。
天智天皇6年(667年)、日本書紀に「倭国(やまとのくに)高安城(たかやすじょう)、讃岐国(さぬきのくに)山田郡(やまだのこおり)屋嶋城(やしまじょう)、対馬国(つしまのくに)金田城を築く」と記され、金田城はこの三城のひとつとして築かれた。663年の白村江の戦いで倭国・百済(くだら)の連合軍が唐・新羅の連合軍に敗れたことを受け、朝鮮半島に最も近い対馬に防衛拠点を置く必要に迫られたためである。
城は標高276mの城山(じょうやま)全体を取り囲むように築かれ、石塁の総延長は2キロメートルを超える。日本の古代山城の多くが土塁を主体とするのに対し、金田城は石塁を主体とする点に特徴がある。発掘調査の結果、7世紀末頃に修築が加えられたのち、8世紀初頭以降には廃城になったと推測されている。
その後長く歴史の表舞台から姿を消していたが、明治から昭和にかけては日露戦争に備えた砲台が城域内に築かれ、近代の国防拠点としても利用された。古代の石塁と近代の砲台跡が同じ山に同居しているのは、この城ならではの特徴である。
見どころ・特徴
【石塁と城門】一ノ城戸(いちのきど)・二ノ城戸・三ノ城戸と呼ばれる城門・水門の跡が、山中に良好な状態で残る。もっとも高いところで約7mも石が積まれている。
【山頂からの絶景】標高276mの城山山頂からは、浅茅湾(あそうわん)や朝鮮海峡を望む絶景が広がる。古代の防人(さきもり)たちが見張っていたのと同じ景色を、今も見ることができる。
【近代の砲台跡】古代の遺構だけでなく、日露戦争期に築かれた砲台の跡も残っており、古代から近代までの国防の歴史を一度にたどれる。
【御城印】対馬観光物産協会観光案内所(ふれあい処つしま)で御城印(300円)を購入できる。石積み越しに見える海の景観がデザインされている。
学び・特徴
社格
国指定特別史跡。続日本100名城 第186番。
創建
天智天皇6年(667年)、日本書紀にその築城が記されている。白村江の戦い(663年)での敗戦を受け、唐・新羅の侵攻に備えて築かれた。
テーマ
古代山城絶景登山・トレッキング
基本情報
住所
長崎県対馬市美津島町黒瀬
アクセス
対馬空港から車で約20分、厳原(いづはら)港から車で約25分ほどで登城口に着く(情報源により所要時間の記載に幅があるため、事前に最新情報を確認するとよい)。登城口までの道は狭く、一部未舗装の区間もある。
登城には山頂コース(往復約40分)、石塁見学コース、両者をつなぐ結合コース(足場が悪く経験者向け)があり、すべてを回ると4から5時間ほどかかる。
続日本100名城のスタンプは、美津島地区公民館と観光情報館ふれあい処つしまの2か所に設置されている(いずれも午前8時45分から午後5時30分まで、年末年始を除き土日祝も利用可能)。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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