この城について
室町時代、阿波国守護・細川氏の守護所が置かれた地で、戦国時代には阿波三好氏(みよしし)が本拠とした城館。三好之長(みよしゆきなが)・三好元長(みよしもとなが)ら三好長慶(みよしながよし、のちに畿内の芥川山城〔あくたがわさんじょう〕を拠点とした)の先祖にあたる代々の館跡で、中世武家屋敷の遺構が良好に残る。続日本100名城のひとつ。
歴史・由来
勝瑞城の歴史を語る鍵は、ここが二つの権力の拠点として引き継がれてきたことにある。
貞治2年(1363年)ごろ、阿波国守護であった細川頼之(ほそかわよりゆき)が秋月城からこの地に守護所を移したのが、勝瑞が阿波の政治・経済の中心地となる始まりとされる。以後、室町時代を通じて細川氏の統治拠点として栄えた。
戦国時代に入ると、細川氏の重臣であった三好氏が台頭し、勝瑞を本拠として阿波・讃岐・畿内へと勢力を広げた。三好之長・三好元長の代を経て、その子の三好長慶は畿内に進出して中央政権を握るまでの力を持つに至ったが、長慶自身は摂津の芥川山城を拠点としており、勝瑞城はその先祖にあたる代々の館跡にあたる。なお「三好」の名字自体は阿波国三好郡(現在の三好市)に由来するもので、勝瑞城は氏族名の発祥地というより、三好氏が阿波支配のために構えた本拠地である。
戦国末期の天正10年(1582年)9月、土佐の長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)が阿波に侵攻し、中富川(なかとみがわ)の戦いで三好方は敗れた。城主であった三好存保(みよしまさやす)は敗走し、勝瑞城は落城、三好氏は事実上滅亡した。
近代以降は史跡として整備が進められ、堀や土塁など中世武家屋敷の構造を今に伝える貴重な遺跡として、平成13年(2001年)に国の史跡に指定された。
見どころ・特徴
【勝瑞城跡】県道の北側、顕聖寺(けんしょうじ)の境内にあたる一帯で、堀と土塁が残る。
【勝瑞館跡】県道の南側に広がる公園で、三好氏の居館跡と推定される区域。庭園の遺構や建物の礎石跡が確認されており、中世武家屋敷の構造を体感できる。
【史跡勝瑞城館跡展示室】三好氏の歴史や発掘調査の成果を紹介する展示室。見学の前に立ち寄ると、両方の遺構を理解しやすくなる。
【御城印】藍住町内の職人が阿波和紙を天然の藍で一枚ずつ染め、書道家による手書き文字を添えた御城印を頒布している。染め上がりや文字の表情が一枚ごとに異なる。
【組み合わせ観光】徳島市内から車で30分ほどの距離にあり、徳島観光と合わせて訪れやすい。
学び・特徴
社格
続日本100名城 第175番(2017年選定)
創建
守護所としては貞治2年(1363年)ごろに細川頼之が整備したのが始まりとされ、三好氏による城館としての整備は戦国時代
基本情報
住所
徳島県板野郡藍住町勝瑞
見学時間
史跡勝瑞城館跡展示室の開館時間は9時から17時まで。休館日は12月29日から1月3日まで。入館は無料。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR高徳線「勝瑞」駅から徒歩10分から15分。徳島バス かじや原線で「勝瑞西」下車、徒歩3分。車の場合、高松自動車道または徳島自動車道から県道14号線経由で約15分。展示室には無料の駐車場があり、大型バスの駐車も可能。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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