
この城について
沼田川の西岸、標高197.6メートルの山上に築かれた小早川氏の山城。天文21年(1552)、毛利元就の三男として小早川家を継いだ小早川隆景が、対岸の高山城から本拠を移し、山全体を城域とする大規模な要害に造り替えた。以後およそ45年間、瀬戸内の水軍を束ねる小早川氏の中枢となる。慶長元年(1596)に隆景が三原城へ移ったことで廃城となり、以後は手つかずのまま残された。本丸・中の丸・釣井の段・匡真寺跡などの曲輪が良好に遺存し、対岸の高山城跡、海辺の三原城跡とあわせて国史跡「小早川氏城跡」に指定されている。続日本100名城173番。建物は何も残らないが、山城の縄張りを歩いて読み解ける城である。
歴史・由来
この城を理解する鍵は、「山から海へ移っていく武士団の、ちょうど途中の姿」だという点にある。
小早川氏の出自は相模の土肥氏にさかのぼる。源頼朝から沼田荘(現在の三原市本郷町一帯)を与えられた土肥遠平の子孫が小早川を名乗り、鎌倉時代を通じてこの地に根を張った。彼らが本拠としたのが沼田川東岸の高山城である。そして川を挟んだ西の山に、副城として築かれたのが新高山城だった。築城の時期は鎌倉後期、小早川雅平の代と伝えられる。
転機は戦国末期に訪れる。天文年間、毛利元就の三男・徳寿丸が小早川家を継ぎ、小早川隆景となった。毛利が安芸から中国地方全域へ膨張していく過程で、小早川家は瀬戸内の海上兵力を担う存在になる。天文21年(1552)、隆景は本拠を高山城から新高山城へ移し、山上の砦を大幅に拡張した。東西約400メートル、南北約500メートルにわたって曲輪を刻み、山そのものを要塞化する工事である。父・元就の三本の矢の一本として、隆景はここから村上水軍と結び、伊予・九州へと兵を出していった。
だが隆景の視線は、次第に山を離れていく。瀬戸内の制海権を握るには、山上の要害よりも港に直結した城のほうが都合がよい。隆景は永禄年間以降、河口の三原に城を築きはじめる。そして慶長元年(1596)、本拠を三原城へ完全に移した。新高山城は廃城となり、石垣の石材は三原城へ運ばれたと伝えられる。
高山城、新高山城、三原城。この三つは、山間の要害に拠った土豪が海陸の要衝へ出ていく流れを一続きに示す遺跡群として、昭和32年(1957)12月11日、まとめて国史跡「小早川氏城跡」に指定された。三つを並べて見ることで、初めて意味がわかる城である。
廃城後の新高山城には、その後だれも城を築かなかった。近世城郭に上書きされなかったおかげで、戦国期の縄張りがそのまま山に残った。曲輪の削平跡、石垣の残欠、連続する空堀。訪ねる者が読み取れるのは石と地形だけだが、それこそがこの城の価値である。
見どころ・特徴
【本丸】山頂部の主郭。4段からなり、東西125メートルにも及ぶ広大な曲輪で、山城としては破格の規模。削平の精度と段の重なりから、隆景期の大改修の本気度が読み取れる。
【詰の丸】本丸のさらに上、城内最高所にあたる曲輪。眼下に沼田川と本郷の町が広がり、城内で最も眺望がよい。隆景がここから何を見張っていたのかが、立てばそのまま腑に落ちる。
【釣井の段】この城の名物。井戸が6つまとまって残る井戸曲輪で、山上に長期籠城できる水を確保するための施設である。山城でこれだけの数の井戸を一か所で見られる例は多くない。
【匡真寺跡】隆景が建立した菩提寺の跡。礎石が残り、城内に寺を抱え込んでいた構えがわかる。山上の城が単なる戦闘施設ではなく、領主の生活と信仰の場でもあったことを示す遺構。
【中の丸・西の丸・北の丸・東の丸】本丸を囲むように配された曲輪群。番所跡や鐘の段も残り、山全体に機能が割り振られていた様子が追える。
【連続空堀群】北西部に残る堀の連なり。尾根伝いの侵入を断つための構造で、戦国末期の築城技術を実地で確認できる。
【石垣の残欠】主要な石材は三原城へ運ばれたと伝えられるが、各所に石垣の痕跡が残る。慶長以前の山城にどこまで石垣が使われていたかを考える手がかりになる。
【建物は残らない】天守も櫓も門もない。見るのは地形と石だけなので、縄張図を手に歩ける人向けの城である。逆に言えば、近世城郭に改変されなかった戦国山城がまるごと残っているということで、山城を好む人にとってはこれ以上ない条件が揃っている。
学び・特徴
社格
国史跡「小早川氏城跡(高山城跡・新高山城跡・三原城跡)」昭和32年(1957)12月11日指定。続日本100名城173番。
創建
天文21年(1552)、小早川隆景が高山城から本拠を移して大改修。それ以前、鎌倉後期に小早川雅平が高山城の副城として築いたと伝わる。
テーマ
続日本100名城国史跡山城毛利氏
基本情報
住所
広島県三原市本郷町下北方
見学時間
城跡のため常時見学可能。ただし整備された登山道を登る山城で、登山口から本丸まで徒歩約30分かかります。足元の悪い箇所があるため、履き慣れた靴と歩きやすい服装が必要です。日没後や雨天時の入山は避けてください。続日本100名城のスタンプは本郷生涯学習センター1階(三原市本郷南六丁目25番1号)が9:00〜18:00、本郷町観光協会(三原市本郷南五丁目26番11号)が平日のみ9:00〜12:00に設置されています。営業時間は変更される場合がありますので、お出かけ前に三原市・三原観光naviでご確認ください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR山陽本線・本郷駅から登山口まで徒歩約25分、タクシーなら約3分。登山口から本丸までさらに徒歩約30分。車の場合は本郷駅から堀〜亀津線経由で約1.6キロ。登山口に駐車場があり、普通車10台・マイクロバス2台が停められます。山陽自動車道・本郷ICからも近い立地です。スタンプ設置場所の本郷生涯学習センター・本郷町観光協会はいずれも本郷駅周辺にあるため、登城前に立ち寄るのが効率的です。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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