この城について
吉川広家が天正19年(1591)に築城開始、慶長7年(1602)、中村一忠が完成。山陰屈指の総石垣の城。明治の廃城で多くを失ったが、石垣は良好。続日本100名城#169。
歴史・由来
吉川広家が天正19年(1591)、月山富田城( 既存)から本拠を移して築城開始。
慶長5年(1600)、関ヶ原以後、吉川広家は岩国( 既存)に転封。代わって中村一忠(なかむらかずただ)が18万石で入城、慶長7年(1602)に米子城を完成させた。
その後、加藤・池田と城主が変遷、明治維新まで池田家が治めた。
明治の廃城令で建造物を解体。だが総石垣の遺構は良好に残り、山陰屈指の城郭遺構。「内堀の石垣」「天守台」「番所跡」など、見どころが多い。
基本情報
住所
鳥取県米子市久米町
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
記録を確認中...