TabiShiri
城 御城印国指定史跡。続日本100名城167番(2017年〈平成29年〉4月6日選定)。 新宮市

新宮城

しんぐうじょう

この城について
別名「丹鶴城(たんかくじょう)」。紀州徳川家の家老・水野氏3万5千石の居城。熊野川河口の絶景立地。続日本100名城#167。

歴史・由来

別名「丹鶴城(たんかくじょう)」「沖見城(おきみじょう)」。紀州徳川家の付家老(つけがろう)・水野氏3万5千石の居城。 慶長6年(1601)、紀伊国・新宮の地頭(じとう)であった浅野忠吉が築城を始め、翌慶長7年(1602)に完成させた。元和5年(1619)、浅野氏が転封となったのち、紀州藩主・徳川頼宣の付家老であった水野重仲が3万5千石で入城し、以後明治維新まで水野氏10代の居城となった。 熊野川河口の絶景立地で、太平洋を見下ろす。「丹鶴」の名は、平安末期から鎌倉初期にこの地にいた丹鶴姫(たんかくひめ)にちなむ。丹鶴姫は源頼朝の祖父・源為義の娘で、熊野別当(くまのべっとう)行範(ゆきのり)に嫁ぎ、夫の死後は出家して鳥居禅尼(とりいぜんに)と名のった、実在の人物である。後世には、日暮れに現れて子をさらうという、まったく別の怪異譚(丹鶴姫の物の怪伝説)も語られるようになった。 明治6年(1873)の廃城令で天守などの建物を失い、明治8年(1875)までにすべて取り壊され、古材は寺院などに転用された。現在は国の史跡に指定され、本丸の桝形虎口(ますがたこぐち)や天守台、石垣の遺構は良好な状態で残る。

見どころ・特徴

【石垣と天守台】 本丸の桝形虎口(ますがたこぐち、城の出入り口を防御のためにかぎ形にした構造)や天守台など、石垣の遺構がよく残る。 【出丸と水の手郭】 北側の出丸からは、熊野川の青緑色の流れを見下ろす石垣の景観が広がる。熊野川に面した水の手郭(みずのてくるわ)には、新宮の特産品であった炭を保管した「炭納屋」の跡も見つかっており、近世の城が経済活動の拠点でもあったことがうかがえる。 【丹鶴城公園】 城跡は「丹鶴城公園」として整備され、本丸跡からは熊野川と太平洋を一望できる。3月下旬から4月上旬には桜も楽しめる。 近隣の熊野速玉大社、熊野古道と組み合わせて、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の聖地巡礼を堪能できる。
学び・特徴
指定・選定
国指定史跡。続日本100名城167番(2017年〈平成29年〉4月6日選定)。
築城
慶長6年(1601)、紀伊国・新宮の地頭であった浅野忠吉が築城を始め、翌慶長7年(1602)に完成した。
基本情報
住所
和歌山県新宮市新宮7691-1
見学時間
城跡は散策自由で、入場料はない。続日本100名城のスタンプと御城印は、新宮市立歴史民俗資料館(9時から17時、入館料は大人220円)で押すことができる。御城印は、新宮市観光協会(9時から17時)または阿須賀神社社務所(8時30分から16時)でも頒布されている(1枚300円)。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR紀勢本線「新宮」駅から徒歩10分ほど(資料によっては15分とするものもある)。丹鶴城公園には5台から6台ほど停められる無料駐車場がある。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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