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城 大和郡山市

大和郡山城

やまとこおりやまじょう

この城について
豊臣秀吉の弟・豊臣秀長の居城。天正13年(1585)、秀長が大和100万石を与えられて整備、後に水野・松平・本多・柳沢と城主が変遷した。続日本100名城#165。

歴史・由来

豊臣秀吉の弟・豊臣秀長(とよとみひでなが)の居城。 天正13年(1585)、秀長が大和・紀伊・和泉100万石を与えられて入城。秀長は秀吉の右腕として、天下統一に大いに貢献した知将。「秀吉に秀長あり」と称された、戦国末期の最高峰の補佐役。 秀長の死後、養子・秀俊が継いだが、文禄4年(1595)に廃絶。代わって徳川幕府の譜代大名が次々と入城、水野・松平・本多・柳沢と城主が変遷、明治維新まで柳沢氏が治めた。 「金魚の街・大和郡山」として全国的に有名。柳沢吉里(よしさと、5代将軍綱吉の側用人・柳沢吉保の子)が、宝永7年(1710)に郡山藩主となった際、家臣の生計のために金魚の養殖を奨励したのが起源。

見どころ・特徴

近鉄橿原線「近鉄郡山」駅徒歩約15分。 「追手門」「追手向櫓」(昭和58年/1983復元)が、城跡公園のシンボル。 「桜の名所」として、3月下旬から4月上旬の桜まつりは、奈良県を代表する花見スポット(日本さくら名所100選)。 「大和郡山金魚」の養殖場が市内に多数。金魚博物館も近隣にあり、金魚ファンの聖地。 近隣の薬師寺( 既存)、唐招提寺( 既存)と組み合わせて、奈良県西部の魅力を堪能できる。
基本情報
住所
奈良県大和郡山市城内町
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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