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城 近江八幡市

八幡山城

はちまんやまじょう

この城について
豊臣秀吉の甥・豊臣秀次が天正13年(1585)、近江八幡43万石を与えられて築城。秀次の悲劇の城。続日本100名城#157。

歴史・由来

豊臣秀吉の甥・豊臣秀次が天正13年(1585)、近江八幡43万石を与えられて築城。 秀次は秀吉の姉の子。秀吉に後継者として育てられ、関白の地位まで上り詰めたが、秀吉に実子・秀頼が生まれた後、文禄4年(1595)、謀反の嫌疑で高野山で切腹させられた、悲運の人物。 八幡山城も秀次の死と共に廃城。だが秀次が築いた「近江八幡」の城下町は、近江商人の本拠地として近世以降も発展、現在も「近江八幡」として全国的に有名。

見どころ・特徴

JR琵琶湖線「近江八幡」駅からバスでロープウェイ乗り場、山頂まで約4分。 「豊臣秀次像」「秀次切腹の悲劇」を偲ぶ参拝者が絶えない。 「瑞龍寺(村雲御所)」が山頂に鎮座、秀次の母・瑞龍院日秀尼(秀吉の姉)が秀次の菩提を弔うために京都から移転した尼寺。 「八幡堀」「日牟禮八幡宮」「ヴォーリズ建築群」など、近江八幡の街並みと組み合わせて、滋賀県中部の魅力を堪能できる。
基本情報
住所
滋賀県近江八幡市宮内町
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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