TabiShiri
城 御城印国指定史跡(平成17年・2005年指定)。続日本100名城156番。 米原市

鎌刃城

かまはじょう

この城について
江北(京極氏・浅井氏)と江南(六角氏)の境目に築かれた戦国時代の山城。標高384メートルの山上に総石垣の遺構が広がり、湖北屈指の規模を誇る。国指定史跡・続日本100名城(156番)。

歴史・由来

鎌刃城を理解する鍵は、この城が江北(北近江)と江南(南近江)という2つの勢力がせめぎ合う「境目の城」だったことにある。 築城の時期や築城者は明確でない。文明4年(1472)、京極氏の軍による攻めの記録があり、この時すでに堀次郎左衛門(ほりじろうざえもん)が城主だったと伝わる。応仁の乱(1467〜1477)以前に土肥氏(どひし)が築いたとする説もある。 天文7年(1538)、南近江の六角定頼(ろっかくさだより)に攻略され、城主の堀石見(ほりいわみ)は六角氏に属した。その後、北近江を実質的に支配した浅井氏の勢力下に入ったとみられる。 元亀元年(1570)、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)の説得を受けて、城主の堀秀村(ほりひでむら)は浅井氏を離れて織田信長方に転じた。これにより鎌刃城は信長方の重要な拠点となり、北近江支配の足がかりとなった。 しかし天正2年(1574)、堀秀村は改易され、鎌刃城もまもなく廃城になったと伝わる。以後、山中に石垣や堀切などの遺構が良好な状態で残り、平成17年(2005)に国指定史跡、平成29年(2017)に続日本100名城(156番)に選ばれた。

見どころ・特徴

【総石垣の遺構】主郭を中心に、山全体に石垣が張り巡らされている。戦国期の山城としては珍しく、石垣による防御が本格的に取り入れられた城として評価が高い。 【水の手遺構】青龍滝(せいりょうだき)の水を岩盤に掘り込んだ溝に引き込み、木や竹の樋(とい)で約700メートル先の城内まで運んだ「水の手」の跡が残る。全国的にも珍しい遺構とされる。 【訪ねかた】5月から11月はヤマヒルが多く出るため、忌避スプレーや厚手の靴下があると安心。獣(けもの)よけのフェンスを通るときは、必ず扉を閉めてから進みたい。近くの小谷城(おだにじょう)や関ヶ原古戦場と合わせて訪ねると、近江湖北の戦国史をより深く味わえる。
学び・特徴
社格
国指定史跡(平成17年・2005年指定)。続日本100名城156番。
創建
築城の時期・築城者は明確でない。文明4年(1472)、堀次郎左衛門が城主だったという記録が最古とされる(土肥氏による築城説もある)。
基本情報
住所
滋賀県米原市番場
アクセス
電車・バスの場合、JR米原駅から湖国バスで約6分、「番場」下車。駅からの所要時間はあわせて約45分。車の場合、北陸自動車道米原ICから約1.5キロメートル。登城口(中山道沿いの町屋橋付近)に無料駐車場が10台分ある。主郭までは徒歩で40分から50分ほどの登山になる。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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