この城について
愛知県新城市作手(つくで)の高原に残る、戦国時代の山城の跡です。武田信玄が三河へ攻め入る足がかりとして築かせ、縄張り(設計)は武田家の名将・馬場信春(ばばのぶはる)が手がけたと伝わります。天守も石垣もありませんが、土を掘り、盛り上げてつくった堀と土塁がおどろくほど良い状態で残り、愛知県から「土の城の到達点」と評されています。続日本100名城の150番に選ばれました。
歴史・由来
この城を読み解く鍵は、作手を本拠とした奥平(おくだいら)氏という一族の去就です。
【武田と徳川のはざまにあった作手】
作手は標高五百メートルを超える高原で、三河と信濃を結ぶ道が通る要地でした。ここを治めていたのが奥平氏で、亀山城(かめやまじょう)を居城としていました。甲斐の武田信玄が三河へ手を伸ばすと、奥平氏は武田方につきます。
【監視と拠点を兼ねた城】
武田方は、奥平氏の亀山城を見張るように、向かいの山へ塞ノ神城(さいのかみじょう)と文殊山城(もんじゅやまじょう)を築きました。その中核として築かれたのが古宮城です。周りを低い山に囲まれた盆地の中央に、宮山と呼ばれる独立した丘があり、西側をのぞく三方は湿地でした。攻めにくく守りやすい地形を、そのまま城の守りに取り込んでいます。縄張りを任されたのは、築城の名手といわれた馬場信春でした。
【信玄の死と、城の終わり】
元亀4年(1573年)に信玄が世を去ると、奥平貞能(さだよし)・貞昌(さだまさ、のちの信昌)父子は武田方を離れて徳川家康につき、作手を退きます。新城市の説明では、このとき手薄になった古宮城を徳川勢が攻めて焼き払ったと伝えられます。一方、天正3年(1575年)の長篠の戦いで武田方が退いたあとに役目を終えたとする見方もあり、廃城の時期を記した確かな記録は残っていません。城がのちに徳川方の手で改修された可能性を指摘する研究もあります。
【土だけでつくられた城の完成形】
石垣も天守もありませんが、巨大な堀切で丘を東西に二分し、東側に土塁をめぐらせた主郭を置き、出入り口は両側に土塁を張り出した枡形(ますがた)とし、丸い曲輪の周りに横堀をめぐらせて丸馬出(まるうまだし)とする——そうした工夫が、いまも地面の起伏としてそのまま読み取れます。石で築く城が広まる前の、土の城がたどりついた形がここにあります。
見どころ・特徴
【大堀切】丘を東西にまっぷたつに断ち切る巨大な堀。この城の骨格をつくる、いちばん目を引く遺構です。
【主郭と土塁】東側の曲輪はおよそ五十メートル四方で、周囲を土塁が囲みます。東側の斜面には段々に削られた平場が続き、武家屋敷の跡と考えられています。
【両袖枡形の虎口】出入り口の両側に土塁を張り出し、入ってきた敵を三方から攻められるようにした構えです。
【丸馬出と横堀】丸い曲輪の周りに横堀をめぐらせ、丸馬出として構えています。武田流の築城術を示す形といわれます。
【山麓を一周する横堀】丘のふもとを全周する堀と土塁が残り、城全体を帯のように締めています。
【竪堀】斜面を縦に落とす堀。敵が斜面を横に移動するのを防ぐための工夫です。
【白鳥神社】城跡の丘に鎮座する神社で、ここが城跡への入口になっています。
【作手 歴史の小径】古宮城跡・亀山城跡・文殊山城跡・塞ノ神城跡などを結ぶ、全長およそ十キロ、所要約三時間のウォーキングコースが設定されています。武田方の城と奥平方の城を歩いて見比べられます。
【訪ねかた】城跡の敷地の多くは個人の所有地です。新城市は、白鳥神社からの出入り口を必ず通ること、通路以外に立ち入らないこと、地元の方に出会ったらあいさつをすることを呼びかけています。足元は土のままなので、歩きやすい靴で出かけてください。
学び・特徴
社格
新城市指定史跡(平成30年〈2018年〉9月27日指定)。名称は「古宮城跡」です。
公益財団法人日本城郭協会が平成29年(2017年)に選んだ「続日本100名城」の150番。
城郭の分類は平山城。城域は東西およそ200メートル、南北およそ150メートル、比高差およそ25メートルです。
創建
武田信玄が家臣の馬場信春に命じて築かせたと伝わります。築城の年は資料によって分かれ、元亀2年(1571年)とするもの、元亀3年(1572年)頃とする新城市の説明、元亀4年(1573年)に信玄が長篠に在陣していた折に普請したとする愛知県の説明があり、定説は定まっていません。
基本情報
住所
愛知県新城市作手清岳字宮山
見学時間
城跡は柵や門がなく、いつでも歩けます。ただし敷地の多くは個人の所有地です。白鳥神社からの出入り口を必ず通り、通路以外には立ち入らないでください。
続日本100名城のスタンプと御城印は、作手歴史民俗資料館(新城市作手高里縄手上35)にあります。開館は10時から15時まで、休館日は毎週火曜日(火曜が祝日の場合は翌日)と12月29日から1月3日まで。入館は無料で、古宮城と亀山城の御城印を各300円で頒布しています。
開館時間・休館日は変わることがあります。お出かけ前に新城市のページでご確認ください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR飯田線「新城駅」から新城Sバス作手線に乗り、「鴨ケ谷口」バス停下車すぐ。新城駅から作手地区まではおよそ40分かかります。
車の場合、登り口にあたる白鳥神社の東側に数台分の駐車スペースがあります。台数が少ないので、近くの道の駅「つくで手作り村」(約100台)にとめて歩くこともできます。
スタンプと御城印がある作手歴史民俗資料館は、城跡から車で数分の作手高里にあります。資料館にも駐車場があります。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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