TabiShiri
城 大垣市

大垣城

おおがきじょう

この城について
関ヶ原の戦い(1600)の西軍本拠地。石田三成が小早川秀秋らと評定を開いた、関ヶ原合戦の戦略中心。明治の天守は国宝指定されていたが、太平洋戦争で焼失。続日本100名城#144。

歴史・由来

関ヶ原の戦い(1600)の西軍本拠地。 天文4年(1535)、宮川安定が築城。戦国期、織田・斎藤・徳川の支配を経て、慶長5年(1600)、石田三成が大垣城を関ヶ原合戦の西軍本拠地として整備。三成はここで小早川秀秋らと評定を開き、関ヶ原での決戦を決めた。 関ヶ原合戦後、徳川幕府は大垣城を譜代大名の居城として整備。寛永12年(1635)以降、戸田氏が10万石で明治維新まで治めた。 明治の廃城令を生き延びた天守は、昭和11年(1936)に国宝指定。だが昭和20年(1945)7月29日の大垣空襲で焼失。 昭和34年(1959)、鉄筋コンクリートで復興天守が建立。

見どころ・特徴

JR東海道本線「大垣」駅徒歩約7分。 復興天守は四重四階。関ヶ原合戦の西軍本拠地としての歴史を学べる。 「天守内・大垣城歴史展示室」で、関ヶ原合戦・大垣藩の歴史を立体的に学べる。 「奥の細道結びの地」碑が近く、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅を結んだ大垣のシンボル。 近隣の関ヶ原古戦場と組み合わせて、関ヶ原合戦の聖地巡礼を堪能できる。
基本情報
住所
岐阜県大垣市郭町2-52
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

記録を確認中...