TabiShiri
城 御城印国指定史跡(令和元年)・続日本100名城117番 吾妻郡東吾妻町

岩櫃城

いわびつじょう

別名:岩櫃城跡

この城について
吾妻川(あがつまがわ)の北にそびえる岩櫃山(いわびつやま)の中腹に築かれた山城です。けわしい岩山を生かした天然の要塞で、戦国時代には真田(さなだ)氏の城として、信濃の上田城と上野の沼田城を結ぶ大切な中継点になりました。国指定史跡、続日本100名城(117番)。

歴史・由来

岩櫃城を理解する鍵は、この城が真田氏にとって信濃と上野(こうずけ)をつなぐ「中継点」だったことにあります。 【斎藤氏から真田氏へ】 戦国時代、岩櫃城は吾妻地方を治めた斎藤氏の城でした。斎藤憲広(のりひろ)は上杉氏について勢力を広げましたが、永禄(えいろく)6年から8年(1563年から1565年)ごろ、武田方の真田勢に攻められて城を追われます。こうして岩櫃城は真田氏の城となりました。 【上田と沼田を結ぶ城】 真田氏は、信濃の上田と上野の沼田に拠点を持っていました。そのちょうど中ほどにある岩櫃城は、二つの領地をつなぐ大切な城でした。天正(てんしょう)10年(1582年)に武田氏が追いつめられたとき、真田昌幸(まさゆき)は武田勝頼(かつより)を岩櫃城に迎えようとしたと伝えられます。 【城の終わり】 江戸時代になり、慶長(けいちょう)19年(1614年)、真田信之(のぶゆき)が幕府に遠慮して城を取り壊しました。 【よみがえる城跡】 平成26年(2014年)の発掘調査では、金の粒が付いたるつぼが見つかり、真田氏や武田氏の時代に金の加工が行われていた可能性がわかりました。令和元年(2019年)に国の史跡に指定されています。

見どころ・特徴

【天然の要塞】 けわしい岩山・岩櫃山の断崖を生かした城で、山の中腹に本丸や郭(くるわ)の跡が残ります。 【金の加工の跡】 発掘調査で、金の粒が付いたるつぼが見つかっています。城で金の加工が行われていた可能性を示す、めずらしい発見です。 【御城印とスタンプ】 御城印は3種セット(500円)で、JR群馬原町駅の構内と東吾妻町観光協会の窓口で頒布されています(9時から17時まで、年末年始は休み)。続日本100名城のスタンプは、平沢登山口の観光案内所にあります。 【訪ねかた】 城跡へは平沢登山口から山道を歩きます。歩きやすい靴で出かけましょう。
学び・特徴
指定・選定
国指定史跡(令和元年)・続日本100名城117番
築城
築城年は不明。戦国時代は斎藤氏の城で、永禄6年から8年(1563年から1565年)ごろに真田方の城となる。慶長19年(1614年)に破却
テーマ
続日本100名城国史跡山城武将ゆかり
基本情報
住所
群馬県吾妻郡東吾妻町
見学時間
城跡は見学自由です。御城印の頒布は9時から17時まで(年末年始は休み)。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
【車】関越自動車道 渋川伊香保ICから約50分 【電車】JR吾妻線 群馬原町駅から徒歩約50分 【駐車場】平沢登山口に無料駐車場あり
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

記録を確認中...