この城について
15世紀後半、武田信広(蠣崎氏=後の松前氏の祖)が築いた館。蝦夷地支配の本拠として機能、後の松前氏の発祥地。続日本100名城#102。
歴史・由来
15世紀後半、武田信広(たけだのぶひろ、蠣崎氏=後の松前氏の祖)が築いた館。蝦夷地支配の本拠として機能、後の松前氏( 松前城既登録)の発祥地。
武田信広は、もとは若狭武田氏の流れを汲むとされる。長禄元年(1457)のコシャマインの戦いで、和人方の指導者として活躍。コシャマインを射殺した功で、蠣崎氏を継承し、蝦夷地南部の支配者となった。
蠣崎氏は後に松前氏と改名、慶長4年(1599)、松前城下に本拠を移すまで、勝山館を本拠とした。
近代以降、史跡として整備。土塁・空堀・墳墓群(和人・アイヌ双方)が良好に残る、極めて稀有な「和人とアイヌ共存の遺跡」。
見どころ・特徴
JR江差線「上ノ国」駅から徒歩約30分、または車で函館から約2時間。
「勝山館跡ガイダンス施設」で出土遺物・館の構造を学べる。
「夷王山(いおうざん)」山頂からは、日本海・夷王山周辺の墳墓群が一望できる。和人とアイヌが共に埋葬された墳墓群は、北海道の歴史を象徴する稀有な遺跡。
基本情報
住所
北海道檜山郡上ノ国町勝山
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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