TabiShiri
城 御城印国の史跡(平成7年/1995年3月指定)。続日本100名城の145番。 沼津市

興国寺城

こうこくじじょう

この城について
愛鷹山(あしたかやま)のすそが駿河湾へ落ちるあたりに築かれた城の跡。後北条氏の祖・北条早雲(ほうじょうそううん、伊勢宗瑞=いせそうずい)が旗揚げした城として知られ、今川・武田・北条が奪い合い、徳川の世まで使われた。国の史跡で、続日本100名城の145番。本丸の背後に残る大空堀と大土塁は、東海地方でも指折りの迫力がある。

歴史・由来

この城を読み解く鍵は、有名な「北条早雲の旗揚げの城」という言い伝えと、史料が語ることのあいだにある。 よく知られている話はこうである。伊勢新九郎盛時(いせしんくろうもりとき)、のちの北条早雲は、駿河の今川家に仕えていた。今川家の後継ぎ争いを収めた功によって、長享元年(1487年)ごろ、富士下方十二郷(ふじしもかたじゅうにごう)を与えられ、この興国寺城の主になった。ここを足がかりに、明応2年(1493年)には伊豆へ攻め込み、やがて関東一円を治める後北条氏の礎を築いた——。沼津市も「北条早雲が旗揚げした城」として紹介しており、地元ではこの話が受け継がれている。 いっぽうで、この城が史料の上にはっきり現れるのは、もっとあとのことである。確かめられる最も古い記録は、天文18年(1549年)に今川義元が寺の領地を城地とするよう命じた文書で、早雲が城主だったことを同時代の史料で裏づけるのは難しい、という指摘もある。伝えと記録が、まだ結びついていないのである。 確かなのは、ここが奪い合われる場所だったということだ。今川が衰えると武田が入り、武田が滅びると北条が押さえた。天正18年(1590年)の小田原攻めのあとは豊臣方の手に移り、関ヶ原の合戦のあとには徳川家臣の天野康景(あまのやすかげ)が一万石で入った。しかし慶長12年(1607年)、領内で起きた事件の責めを負わされた康景は城を出て姿を消し、興国寺城は廃城となる。 駿河と伊豆と相模の境目に近く、東海道をにらむ位置にある。だからこそ誰もが欲しがり、誰の手にも長くは留まらなかった。発掘調査によって明らかになりつつある、およそ百二十年の歴史である。

見どころ・特徴

【大空堀】本丸の北側を断ち切る巨大な堀。幅は20メートルを超える。堀の底に立って見上げると、土だけでこれだけのものを造ったのかと驚かされる。 【大土塁】本丸の背後にそびえる土の壁。堀と土塁が一組になって、城の背中を守っている。 【伝天守台】本丸の奥にある石垣を積んだ高まりで、天守台と伝えられている。発掘では二棟の礎石建物の跡が見つかった。ここに立つと、原(はら)の町なみと駿河湾を見渡せる。 【一直線に並ぶ曲輪】北から北曲輪、本丸、二の丸、三の丸が一列に並び、東に清水曲輪がつく連郭式(れんかくしき)の造り。全体でおよそ11万3千平方メートルある。 【穂見神社】本丸に穂見(ほみ)神社が鎮座している。城跡がただの空き地にならずに守られてきた理由のひとつでもある。 【訪ねかた】沼津市による整備事業が進んでいる途中で、曲輪と堀が土のまま残る。草が伸びる季節は歩きやすい靴で出かけたい。城跡の南を東海道新幹線が横切っているので、堀に立つと真横を列車が走り抜ける。戦国の土の城と新幹線が同じ景色に入るのは、ここならではである。
学び・特徴
社格
国の史跡(平成7年/1995年3月指定)。続日本100名城の145番。
創建
築城の年ははっきりしない。伝承では長享元年(1487年)ごろ、伊勢宗瑞(北条早雲)が城主になったとされる。史料の上で確かめられるのは天文18年(1549年)の今川義元の文書から。慶長12年(1607年)に廃城。
基本情報
住所
静岡県沼津市根古屋428
見学時間
城跡は自由に歩けます。受付や入場料の案内はありません。ただし沼津市による整備事業が進んでいる途中のため、工事の状況によって立ち入れない範囲が出ることがあります。 続日本100名城のスタンプは、本丸の穂見神社の境内にある説明看板の横に置かれていて、いつでも押せます。浮島(うきしま)地区センターにも設置されており、こちらは午前9時から午後9時まで(月曜と祝日の翌日は午後5時まで、年末年始は休み)。 御城印は1枚300円。城跡から歩いて行ける3店舗で買えます。野﨑園(午前10時から午後7時、不定休)、お茶の興国園(午前9時から午後5時30分、水曜定休)、エス・キムラ(午前10時から午後8時、日曜定休)。営業時間や定休日は変わることがあるので、寄る前に確かめてください。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR東海道本線の沼津駅南口から、富士急シティバスの「東平沼」行きまたは「富士駅」行きで約30分、「東根古屋(ひがしねごや)」バス停下車、徒歩約5分。JR原(はら)駅からはミューバスの原駅循環東回りで約10分、同じバス停から徒歩約6分。原駅から歩くと30分ほどかかります。 車なら東名高速道路の沼津インターチェンジ、または新東名の駿河湾沼津スマートインターチェンジから県道22号を利用します。駐車場についての公式の案内が見当たらないため、車で向かう場合は沼津市の文化財担当へ確認してください。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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