この城について
上杉米沢藩30万石(後15万石)の居城。慶長6年(1601)、関ヶ原で大幅減封された上杉景勝が、家臣・直江兼続と共に整備。9代藩主・上杉鷹山(うえすぎようざん、米沢藩中興の祖)の聖地。続日本100名城#109。
歴史・由来
上杉米沢藩30万石(後15万石、後5万石)の居城。
慶長6年(1601)、関ヶ原で西軍についた上杉景勝が、120万石から30万石(後に15万石)に大幅減封され、本拠を会津若松から米沢に移転。家臣・直江兼続(なおえかねつぐ、「愛」の前立ての兜で有名)と共に、米沢城下を整備した。
上杉家は、戦国の英雄・上杉謙信の血脈を継ぐ名門。米沢移転後、家臣6千人を抱えながら、30万石(後15万石)で藩政を支えるという、極めて困難な状況だった。それでも、米沢織・米沢の織物産業を育てて藩財政を支えた。
江戸中期、藩財政が破綻寸前まで悪化。9代藩主・上杉鷹山(うえすぎようざん、治憲、はるのり)が藩政改革に着手。質素倹約・産業振興・教育振興(藩校・興譲館の創立)など、徹底的な改革で藩を再建。「鷹山が領民に説いた『なせば成る、なさねば成らぬ何事も、成らぬは人のなさぬなりけり』」の名言は、現代日本の政治家・経営者にも引用される。
「ケネディが尊敬する日本人」として、ジョン・F・ケネディが「最も尊敬する日本の政治家は上杉鷹山」と発言したエピソードでも有名。
明治の廃城令で建造物の多くを失った。現在、本丸跡には「上杉神社」(上杉謙信を祀る)が建つ。
見どころ・特徴
JR奥羽本線「米沢」駅からバスで「上杉神社前」下車徒歩約5分。
「上杉神社」(昭和3年/1928再建)が本丸跡に鎮座。上杉謙信を祀り、上杉家ゆかりの宝物(鎧・刀剣・古文書)を多数所蔵する「稽照殿(けいしょうでん)」が併設。
「上杉博物館」「米沢藩校興譲館跡」「上杉家廟所」など、上杉家の遺産が市内に集中。
「上杉鷹山公像」が城跡公園に立つ、米沢市民の精神的シンボル。
「米沢牛」「米沢ラーメン」「米織」「鷹山公が育てた」産物の宝庫。
「米沢市上杉博物館」では、国宝『洛中洛外図屏風』(米沢市所蔵)が、特別展で公開される。
桜の名所として、4月下旬から5月上旬の桜まつりは、米沢市民の年中行事。
参拝後は、米沢牛のすき焼き、温泉、白布温泉と組み合わせて、米沢の魅力を堪能できる。
基本情報
住所
山形県米沢市丸の内1
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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