この城について
別名「出世城」。元亀元年(1570)、徳川家康が遠江への進出拠点として築城。家康はここで29歳から45歳までの17年間を過ごし、三方ヶ原の戦い・長篠の戦いの本拠となった、家康若き日の城。続日本100名城#148。
歴史・由来
別名「出世城(しゅっせじょう)」。元亀元年(1570)、徳川家康が遠江への進出拠点として築城。29歳の家康が、本拠を岡崎城から浜松城に移して以後、45歳まで17年間、ここを本拠とした。
家康にとって、浜松城時代は人生最大の試練期。元亀3年(1572)、武田信玄の上洛戦で「三方ヶ原の戦い」が起き、家康は信玄に大敗、命からがら浜松城に逃げ込んだ。この時、家康は恐怖のあまり馬上で脱糞したという有名な逸話を持つ。
天正10年(1582)、本能寺の変で信長が横死。家康は浜松から堺へ向かう途中で異変を知り、「伊賀越え」と呼ばれる命がけの逃避行で岡崎に帰還。これも浜松城時代の重要な事件。
天正18年(1590)、家康は関東移封で江戸城へ。浜松城は徳川譜代の家臣が交代で城主を務めた。歴代浜松城主は、後に幕府の老中・大老に出世した者が多く、「出世城」の異名で親しまれた。江戸後期、水野忠邦(天保の改革を主導)も浜松城主だった。
明治の廃城令で建造物の多くを失った。昭和33年(1958)、鉄筋コンクリートで天守が再建された。
見どころ・特徴
JR東海道本線「浜松」駅徒歩約20分、または「鴨江」バス停下車徒歩約3分。浜松市の中心、浜松城公園内に位置する。
復興天守は三重四階。歴史的根拠のある復元ではないが、若き家康の本拠地としての威容を再現。
「徳川家康像」「若き家康ゆかりの史跡」が公園内に多数。
「家康の散歩道」(浜松市内の家康関連史跡を巡るコース)の出発点。
「桜の名所」として、3月下旬から4月上旬の桜が美しい。約330本のソメイヨシノが公園を彩る。
「出世のパワースポット」として、就職・転職を願う若い参拝者が多い。
参拝後は、浜名湖、ウナギの老舗(浜松はうなぎの名産地)、楽器博物館(ヤマハ発祥の地)と組み合わせて、浜松の魅力を堪能できる。
基本情報
住所
静岡県浜松市中区元城町100-2
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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